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COLUMN-衆院選後の「サナエノミクス」、日銀金融政策への影響は=門間一夫氏

ロイターFeb 10, 2026 5:19 AM

門間一夫 みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト

- 2月8日の衆議院議員選挙は自民党の圧勝で終わった。高市早苗首相の政治基盤が強化されたことは、日銀の金融政策にどのような影響を及ぼすだろうか。

<経済・物価への影響は限定的>

直接的な影響は考えにくい。昨年10月に自民党の総裁に選ばれた頃には、高市氏から日銀の独立性を軽んじるかのような発言もあった。しかし、その後は日銀の判断を尊重しているように見える。政治が利上げをけん制すれば市場に悪影響があることを認識したためだろう。そこで論点は、高市政権が進める「責任ある積極財政」が、経済・物価、長期金利、為替相場などを通じて、金融政策に間接的な影響を与えるかどうかになる。

まず経済・物価への影響だが、「責任ある積極財政」は言葉のイメージとは異なり、財政赤字の拡大によって景気を一気にふかそうとするものではない。いわゆる景気対策ではないので、短期的な経済や物価への影響は限られる。

2年間の食料品消費税率停止についても、与党が公約に掲げたのはあくまで「検討の加速」である。これから「国民会議」で給付付き税額控除などとセットで議論される予定であり、多くの技術的な論点もある。高市氏は2026年度中の実施を目指しているが、ややハードルが高いのではないか。

仮に消費税減税が実現しても、その規模は国内総生産(GDP)の0.8%程度であり、巨大なものではない。過去の経験則などから限界消費性向を25%とみれば、GDPに与える影響は0.2%程度にとどまる。限界消費性向をもっと小さく見積もり、GDP押し上げ効果は0.1%程度との試算もある。インフレひいては金融政策への影響はほとんどないだろう。

<10年金利の上昇は自然な動き>

二番目の長期金利への影響については、高市政権の政策の含意をもう少し長期的に考える必要がある。「責任ある積極財政」の中核は、「危機管理投資」というキーワードで語られる官民投資の拡大であり、それにより中長期的に、地政学リスクへの強靭性や戦略分野の供給力を高めることにある。それが成功するかどうかはわからないが、成功すれば日本経済の中長期的な成長率が高まる可能性がある。投資が活発化する過程で需要の増加が供給力の強化に先行すれば、インフレ圧力も幾分高まる方向となる。

中長期的に経済成長、インフレの両方が押し上げられる可能性がある以上、10年物金利がそれを一定程度織り込んで上昇するのは、自然な動きである。実際、自民党総裁選を起点にすれば、10年物金利は0.6%程度上昇している。もっともこの金利上昇は、以上のロジックによる「良い金利上昇」とは限らない。

むしろ、昨年10月以降メディアや市場でよく語られるようになったのは、財政の先行きへの懸念である。国際通貨基金(IMF)によれば、日本の政府債務・GDP比率は約230%であり、他国を圧倒する高さとなっている。政府債務が既に巨額の国で、その国のリーダーが「財政再建」ではなく「積極財政」を掲げること自体、財政規律に問題があると市場に受け止められても仕方がない面がある。ここまでの長期金利上昇には、リスクプレミアムの拡大、すなわち「悪い金利上昇」の要素が含まれている可能性が否定できないということだ。

ただ、現実の財政状況を冷静に眺めると、フローの財政赤字・GDP比率は主要国中で日本が最小である。このように足元の赤字が小さいことと、3%程度の名目成長率が続く可能性が高いことを踏まえると、今後よほど大胆な拡張政策が取られない限り、政府債務・GDP比率は緩やかに低下する可能性が高い。そもそも高市氏自身が財政規律を守る姿勢であり、実際、この比率は下げていくと繰り返し説明している。

それでも「責任ある積極財政」の「責任ある」の部分が、なかなか市場の信認を勝ち得ないのは、過去の言動や政府の重要会議の人選などから、高市氏に財政拡張的なイメージがしみついてしまったからだと考えられる。今後、「責任ある」財政運営が実績として示されていくまで、市場には「悪い金利上昇」的な要素が残るかもしれない。

ただ、現状程度の長期金利上昇で、日銀があわてることはないだろう。そもそも2%程度の物価上昇率が定着しつつあるなら、2%台前半という現在の10年金利の水準は、むしろなお低いぐらいである。日銀が国債の買い入れを巡り特段の配慮を要する水準ではない。

確かに10年を超える超長期の利回りについては、上がり方がより大きく不自然な急騰も時々見られる。ただ、これは財政への懸念が原因なのではなく、安定的な需要に比べて発行が多すぎるという技術的な問題による面が大きそうだ。日銀にできることは限られており、財務省による発行の満期構成見直しに注目が集まる。

<金融政策に直結しうるのは円安>

以上を踏まえると、高市政権が日銀の金融政策に影響を与えるとすれば、三番目の為替を通じる経路にほぼ限定されるとみられる。そもそも過去3回の利上げも、すべて円安局面で行われている。そのうち2回については、たまたま米国情勢が変化したことなども重なり、利上げ後は円高となった。しかし、直近25年12月の利上げだけは、その後も円安圧力が根強い。

1月23日に公表された日銀の展望レポートは、円安が「基調的な物価上昇率」に影響を及ぼす可能性に初めてはっきり言及した。基調的な物価上昇率は、日銀の政策を決定づける非常に重要な概念である。そこに為替の影響が及ぶと日銀が警戒を強めている以上、ここからの円安は従来にも増して利上げに直結すると考えられる。

日銀の植田和男総裁は記者会見で、「基調的な物価上昇率が既に2%に近いことを踏まえれば、為替の小さな動きにも注意が必要」と述べている。今のレベルから少しでも円安になれば、早期利上げの可能性を探るというサインである。

実際、158─159円あたりの水準については、政府も日銀も居心地が悪そうだ。上述の記者会見で植田氏が円安警戒のサインを発したにもかかわらず、会見全体のトーンがハト派と受け止められて会見中に1ドル159円台まで円安となった。すると会見直後にレートチェック、すなわち介入の前段階とみられる動きがあり、数時間後にニューヨーク市場でも米国当局から同様の動きがあった。

今後、日米当局がどこまで協調できるかはわからない。実際に為替介入があるとすれば、さすがに日本の単独介入とみられる。その効果が十分でなかった場合、利上げによるフォローがなければかえって円安を勢いづかせかねない。160円近辺で円安圧力が根強く残る場合、3月会合の利上げ確率は高まるだろう。

それにしても、サナエノミクスはなぜ円安を呼び込むのだろうか。前述の通り、今の高市氏は日銀に「金利を上げるな」とは言わないし、財政政策にも一定の規律はある。中長期的な供給力の強化というサナエノミクスの中心テーマが正しく理解されれば、本当は円高になる方が自然ですらある。サナエノミクスと円安は理屈ではうまく結びつかない。

結局、円安も先ほどの長期金利上昇と同様、高市氏に対するイメージ主導で起きている面が大きいように思う。このイメージを払しょくするには、ベセント米財務長官が強いドルへの支持を表明しているように、高市氏も「強い円を目指す」というメッセージを世界に向けて明確に発信する必要がある。それが成功した場合、日銀はじっくり時間をかけて、冷静に利上げのタイミングを探れるようになるだろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*門間一夫氏は、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し、みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト。21年4月から現職。

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