
Peter Thal Larsen
[ダボス(スイス) 19日 BREAKINGVIEWS] - ドナルド・トランプ氏が2018年に初めてダボスを訪れた際、彼は世界のエリートが集うパーティで場違いな招待客だった。それから8年後、米大統領となったトランプ氏はこのビジネス・政治リーダーの集まりを自らの意向に従わせた。19日に開幕する世界経済フォーラム(WEF)の年次総会は同氏の政策課題をほぼ受け入れた。技術、取引、リアルポリティークに関する議論が増え、気候変動の議論は減るだろう。
この会議を、特権階級の経営者や現実離れした政治家たちのおしゃべりの場だと片付けるのは簡単だ。しかし、スイスの山岳リゾートでクラウス・シュワブ氏が半世紀以上前に創設したダボス会議はまた、完璧とは言えないまでも世界秩序の変化を映す鏡としても役割を果たしている。毎年1月に集まる国家元首、起業家、投資家、その他の参加者は世界政治・ビジネス・金融の現状を断片的に示している。サイバーセキュリティー企業のクラウドストライクやアブダビのコングロマリット持ち株会社IHC、あるいはインドネシアのような各国の政府が、巨額の費用を支払って自らのロゴを店頭に掲げている。米国ハウスはダボス会議場外の教会を借りて、ベセント米財務長官やウィットコフ和平交渉担当特使を主役としたパーティや催し物を約束している。
今年の主役は間違いなくトランプ氏だ。トランプ大統領は21日に演説する予定で、米国がグリーンランドを購入できなければ欧州の数カ国に関税を課すと脅した直後にダボス入りする。ベセント財務長官、ルビオ国務長官、ラトニック商務長官を含めた閣僚の随行団を伴って来る。彼らはエヌビディアのジェンセン・フアン最高経営責任者(CEO)やJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOを含めた企業リーダーらと交わることになる。世界からも多くの政治指導者が参加する。中国の何立峰副首相、フランスのマクロン大統領、カナダのカーニー首相、ドイツのメルツ首相、インドネシアのプラボウォ大統領らが登壇する予定だ。その様子は会議の参加者が昨年の会合で、7000キロ離れたワシントンで始まったばかりの第2次トランプ政権の動向を大いに警戒していた当時と対照的だ。
富裕層や権力者たちが蒸し暑いホテルの部屋やカクテルパーティーにひしめきあっている光景。それはシュワブ氏が昨年に突然議長を辞任した後、だれもがWEFの進めた方向転換は正しかったのだと納得するだろう。WEFは高尚なレトリックを抑え、率直な議論の公平な仲介者としての役割を強調するようになった。WEFのCEOで元ノルウェー外交官のボルゲ・ブレンデ氏は先週、WEFの独立性、公平性、そして「中立国スイス」に拠点があることを強調した。一方で、ブラックロックのラリー・フィンクCEOはシュワブ氏に代わってロシュのアンドレ・ホフマン副会長とともにWEFの暫定共同議長を務めており、各国の首脳や企業リーダーと積極的に関係を構築しようとしている。
会議の今年のテーマは「対話の精神」だが、トランプ氏はあまり耳を貸そうとしないだろう。彼が最近グリーンランドを巡って脅したため北大西洋条約機構(NATO)に危機を引き起こし欧州から非難を浴びた。ここ数週間だけでも、彼はベネズエラ大統領を拘束しベネズエラを「運営する」と発言、イランの政権交代を煽り、米ミネソタ州に派兵すると示唆した。トランプ政権は同時に米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長に対する刑事告発をちらつかせ、FRBの独立性を損なおうとしている。これはトランプ氏が8年前に初めて来訪した時に述べた「全ての人が繁栄し、全ての子どもが暴力・貧困・恐怖から免れて育つことができる未来」を目指した希望と対照的だ。
2900人の参加者の一部は「ヨーロッパは自衛できるか」「民主主義は危機か」「中間層を救えるか」といった議題のパネルで不安を紛らわせようとするかもしれない。しかし、例年通りに、本当の活動の大半は非公開であり、経営者や投資家が飲食をしながら取引を議論しているのだ。今年は多くの取引が米政府の気まぐれに左右される。米国はこの12カ月間、貿易協定の交渉や再交渉、中国向け人工知能(AI)チップの販売規制の強化と緩和、公企業に対する出資、大手製薬会社との取引、そして最近はベネズエラ産原油の販売などに時間を費やしてきた。
脇役に追いやられる可能性がある話題は気候変動だ。今年の公式プログラムで「気候変動」の語が言及されるセッションはわずか4つしかない。22年は16あった。「われわれの暮らしをどのように燃料で支えるか」という議題は化石燃料の規制緩和を推進してきたライト米エネルギー長官と、オキシデンタル石油のヴィッキー・ホラブCEOが議論する。
ブラックロックのフィンク氏は21年に温室効果ガスの排出量と森林などの吸収量をプラスマイナスゼロにする「ネットゼロ」を18回もCEO向けの書簡に記した。しかし、彼は昨年夏に化石燃料廃止の動きが「一般市民や新興国の負担を必ずしも考慮していない」と述べた。
WEFの昨年までのリスク調査は環境問題を世界最大の課題だとしてきたが、今年は経済対立、偽情報、社会的分断を短期的な最重要課題に挙げた。トランプの世界貿易体制に対する攻撃、事実軽視、政治的敵対者を邪悪な存在として描き出すことはこうした懸念と一致する。しかし、報告書67ページの中でトランプ氏の名前は一度も登場しない。他の国家元首や企業トップはこれまで公の場でトランプ氏の批判を避けようとしてきたが、真正面から議論を始めるかどうかはまだ分からない。
WEFはもちろんこれほど長く存在してきたのは、その時々の政治的あるいは経済的な風向きに合わせて柔軟に姿勢を変えてきたからだ。シュワブ氏はグローバリゼーションを称賛し、インドやブラジルのような新興国に軸足を移し、中国と連携し、そしてトランプにも取り入った。しかし、もしも米欧関係がさらに悪化すれば、太平洋の両岸から政治・経済の指導者たちが毎年1月にスイスで肩を並べるような光景を想像するのが難しくなるだろう。「ダボス・コンセンサス」はしばしば間違いであったと判明することで有名だが、今回のトランプ氏とトランプ氏の政策に対する熱烈な擁護も最も新しい間違いとなるのかもしれない。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)