
上野泰也 マーケットコンシェルジュ 代表
[東京 22日] - 12月1日の植田和男総裁の講演から「地ならし」を強化してきた日銀は、19日の金融政策決定会合で、政策金利を0.5%から0.75%に引き上げた。市場の関心はその先に向いており、さまざまな予想が出ている。
今回の利上げは1月以来で、インターバルは11カ月という非常に長いものである。
日銀内には、早ければ4・5月の金融政策決定会合で追加利上げに動けないかと考えた向きもあったようだが、トランプ米大統領が想定外に高い相互関税の税率をアナウンスしたことから不確実性がにわかに高まり、そうした早期の追加利上げ構想は吹き飛んだ。
「リフレ派」の一員ではあるものの利上げ路線自体には反対していない野口旭審議委員は、11月27日に大分で行った講演で、「日本銀行は、この1月の会合以降、直近の10月会合まで、金融市場調節方針の現状維持を決定してきました。その主な理由は、4月以降に明らかとなった米関税政策の影響を十分に見極める必要があったためです」と発言。仮に「トランプ関税」要因がなかったならば、日銀はもっと早いタイミングで利上げできていたはずだと示唆した。
また、石破茂首相(当時)が9月7日に退陣表明。10月4日に行われた自民党総裁選で日銀に批判的な高市早苗氏が勝利し、その後首相に就任したことが日銀の動きを制約したとみられる。高市首相と十分な意思疎通がない状態での利上げは、日銀が望むものではなかっただろう。
そうした経緯を経ても、越年せずに年内の追加利上げが可能になったことについては、為替の円安進行リスクの寄与が非常に大きい。
155円を超えての一段のドル高・円安進行は、高市政権の目玉政策の1つである物価高対策を台無しにしかねない。円安に対して高市氏が抱いた危機感が、25年度補正予算の可決成立直後および26年度予算案の編成作業大詰めという、財政政策にとって重要なタイミングでの利上げを、政府が容認する決め手になったとみられる。
確認になるが、「責任ある積極財政」を高市政権が予算という形で具体化しているさなかでの日銀の利上げは、「ポリシーミックス」の観点からはかみ合わせが良くない。 実質金利が引き続き大幅なマイナスであること、中立金利よりも政策金利はなお低いとみられることを根拠に、12月の追加利上げは「金融引き締めではない」と割り切る主張も一部にある。
だが、利上げによって金融緩和の度合いを縮小しているわけだから、これは定義的に、金融引き締めにほかならない。米国の例にあてはめて言うなら、連邦準備理事会(FRB)が中立金利よりも高いエリアで12月にかけて利下げを繰り返してきたことは、金融緩和であって、金融引き締めではない。
また、当たり前のことだが、現実の経済は名目の世界で動いている。例えば、体力が弱い中小企業の経営者は、日銀による今回の利上げが金融機関からの借り入れコスト増加に結びつくことを、当然警戒する。「実質金利がマイナスだから大丈夫だ」というような話では全くない。
日銀の利上げは「物価高で疲弊した企業の資金繰りにボディーブローのように影響する」という東京商工リサーチのコメントが報じられていた。筆者も同意見である。
利上げのタイミングについて言うと、今回の利上げは日銀による2000年以降の計7回の利上げで初めて、10-12月期に行われた。
筆者は以前より、00年以降の日銀の利上げのタイミングを四半期ごとに区分し、4―6月期と10-12月期には実例がないことを指摘してきた。10-12月期は、補正予算編成を伴う経済対策を政府が決定することが多い時期である。「ポリシーミックス」への配慮が利上げのタイミングに影響した可能性がある。今回はこの経験則が破られたわけである。
その理由は、「物価上昇圧力を強めかねない一段の円安進行リスクへの対応の必要性」の方が、「財政出動とほぼ同時期の日銀利上げというポリシーミックス上の問題点」よりも、政府にとって優先度が高かったということにある。
とするなら、ドライに考えれば、利上げをさらに重ね、将来の景気悪化・物価下落局面で使える利下げ余地、いわゆる「のりしろ」をできるだけ大きくしておくという観点からは、為替の円安地合いがこのまま続く方が日銀にとって都合が良いという話になる。
市場が注目した12月19日の記者会見では、円安を強くけん制するトークを植田総裁は一切発しなかった。中立金利の推計レンジ「1.0-2.5%」の下限を引き上げたりすることもなく、総裁自身の以前の発言に反し、この問題で新たな情報発信はなかった。為替市場は当然円売りで反応し、ドル/円JPY=EBS相場は157円台へとドル高円安に動いた。
植田氏の発言に円安けん制色が薄かった理由は何だろうか。今回程度の発言内容にとどめるなら、為替市場で円安がさらに進む可能性が高いことは日銀執行部もわかっていたはずである。
為替相場に金融政策を割り当てるのは望ましくないという先進国の中央銀行の常識に沿い、学者出身の総裁らしく、パフォーマンス的な発言は今回も行おうとしなかったのか。
仮に強めの円安けん制トークを発しても、利上げ後の声明文の記述にもある「実質金利は大幅なマイナス」という状況ゆえに効果は限られると判断し、無理をしなかったのか。
あるいは、日銀の利上げについて高市政権から容認をとりつける上で「円安カード」がきわめて有効であることがわかったため、強い円安けん制をあえて行わなかったのか。
真相は不明だが、円安進行が日銀の追加利上げを催促し、高市政権が異論を唱えにくいパターンが来年も繰り返される可能性を、市場としては意識せざるを得ない。
以上を踏まえつつ、日銀による次の利上げ、昔流の言い方をすれば「第5次利上げ」のタイミングを考えてみたい。
市場では、少なくとも半年程度のインターバルは置いてから1%への利上げに着手するのではという見方が、比較的多い。「0.5%の壁」が破られて約30年ぶりの政策金利水準になった後の経済状況で、「何かが起こっていないか」を慎重に見きわめるのが自然だというわけである。
また、ロイターの報道によると、「日銀では政策金利がなお緩和的な領域にあることを示すものとして金融機関の貸出動向に注目が向かっている」「政策金利が引き締め領域に入っていけば貸出動向に変調が出てくるはずで、経済や物価を通して引き締めと緩和の分水嶺を見極める姿勢だ」という。
金融機関の貸出態度や中小企業の資金繰りといった企業金融関連のコンディションを確認する上ではやはり、日銀短観の内容の確認が欠かせない。
その短観は四半期ごとの公表であり、利上げをうけた変調の有無を日銀が確認しようとする上では、1回でなく最低2回の短観をチェックする必要があるという見方が、相応の説得力を有する。半年程度は様子見が必要だというわけである。
翌日物金利スワップ(OIS)の日銀会合間取引を見ると、次回の利上げをほぼフルに織り込んでいるのは来年7月会合から9月会合あたり。「半年程度のインターバルが基本+何らかの阻害要因浮上による後ずれの可能性」をイメージした金利形成に見える。
だが、油断は禁物だろう。00年以降の利上げでまだ実績がない4-6月期についても、為替相場の動向次第では、日銀が追加利上げを模索することがあり得る。
さらに言うなら、少なからぬ市場参加者のセンチメントとして、「動いてなんぼ」的な部分が常に存在する。「ひょっとすると」「もしかしたら」というような警戒感が、相場を動かす材料への欲求から市場の根底に存在する中で、それを刺激するような材料が出てくる場合には、半年後よりも早いタイミングの利上げ観測が、市場で広がり得る。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*上野泰也氏は、経済・金融市場に関する情報を発信する「マーケットコンシェルジュ」の代表。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から25年6月までみずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。25年7月より現職。
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