
Mike Dolan
[ロンドン 9日 ロイター] - 欧州中央銀行(ECB)の追加利下げの動きに対し、タカ派の理事会メンバーは、将来の金融引き締めに向けて新たな脅威に警鐘を鳴らし始めている。その脅威とは「受動的な金融緩和」だ。政策金利を据え置いたままでも、中立金利の上昇などを通じて、実質的には引き締め度合いが弱まり、金融環境が緩む現象を指す。
タカ派として名高いイザベル・シュナーベル理事は8日、たとえ直近ではないにしても次の政策変更は利上げになる可能性の方が高いと発言して債券市場を震え上がらせた。その際に言及した、政策金利を長期間据え置けば浸透作用によって不当な金融緩和に等しくなるという論理は耳目を引いた。
言い換えると、ECBはユーロ圏の長期的な「中立」金利の上昇を見据え、経済を安定軌道に保ち、重視している「適切な水準」に政策を維持する必要があるということだ。
2025年は、ECBにとって多くの点で例年とは異なる年だった。25年は主要政策金利である中銀預金金利を0.25%ずつ、4回にわたって引き下げて2.00%に設定。それにもかかわらず、ドイツ国債30年物の利回りはほぼ反対方向に動き、通貨ユーロの実効為替レートは3%弱上昇した。
その原因として市場が挙げているのは、トランプ米大統領による世界的な貿易・防衛政策の混乱や、まだ完全には効果が出ていないドイツの総選挙後の異例な規模の財政刺激策などだ。
しかし、現時点でユーロ圏経済は「良好な状態」にあるというECBの主張は大部分の指標によっておおむね裏付けられている。インフレ率が前年比で2%強となり、今後2年間はそれをわずかに下回る水準になると予測されている中で、物価変動を考慮した実質政策金利はゼロ近傍にある。これは多くの専門家がユーロ圏の長期的な中立金利と位置付けている水準だ。
さらにECBの当局者の間では、政策金利を微調整したり、インフレ率や市場予想のわずかな変動に過剰反応したりはしないという合意が形成されつつある。
これにより、ECBは当面の間は政策金利を据え置くことが事実上確定した。市場もこの流れを織り込んでいるようだ。少なくとも今後2年間は利上げ、利下げのいずれの動きも織り込まれておらず、27年第4・四半期にわずかな変化の兆しが見られる程度だ。ドイツ銀行も今年11月下旬にECBの利上げ開始時期予想を27年半ばとし、従来見込んでいた26年終盤から先送りした。
世界経済では多くの構造的変化が進んでおり、捉えどころのない自然利子率(Rスター、実質ベースの中立金利にほぼ等しい概念)がどこにあるのかに大きな注目が集まるなど激動の時代が続いている。
<忍び寄る自然利子率(Rスター)>
シュナーベル氏は8日、長期間何もしなければ政策は安易な道へ流れてしまうと指摘した。その上でユーロ圏経済全体の動向、財政拡大の継続、賃金・信用の伸びを考慮すると、このようなリスクを放置することは不当だとの見解を示した。
シュナーベル氏はブルームバーグに対して「人工知能(AI)分野の進展や公共投資に関連して自然利子率が上昇する可能性がある」とし、「もちろん、リアルタイムでRスターを正確に推定する手段はない。しかし、上昇した場合に政策金利を据え置いていれば、インフレ率が同程度まで鈍化しなければ金融緩和がさらに進むことになる」と指摘した。
その上で「政策が時間の経過とともに緩和的になり、過度に緩和的になる可能性を監視する必要がある。そうなれば、次の利上げを検討すべき時だ」と訴えた。
シュナーベル氏が示したシナリオはどれほど現実的なのだろうか。
ECBのエコノミストらは観測不可能なRスターをゼロ近傍の狭い範囲に設定する傾向があり、他のモデルもこれにおおむね同意している。
国際的に比較可能なRスター水準を推定しているニューヨーク連銀のモデル(ホルストン・ラウバック・ウィリアムズモデル)は、ユーロ圏の実質中立金利が0.2%にあると算出している。ただし、不確実性の幅は広い。
この状態が続けば、ECBの理想的な状況も維持される可能性がある。つまり、実質金利がマイナス0.2%にあるという現行の設定は経済をわずかに刺激し、インフレ目標にわずかに届いていないというECBの現行予想に整合している状態だ。
しかし、このモデルは近年、想像されるよりも変動が激しい。現在のユーロ圏の実質中立金利が0.2%にあるという推計値は、新型コロナウイルス禍直前の半分であり、0.8%だと推計されていた2年前の4分の1にとどまる。
今後1―2年でユーロ圏のRスターが23年早期の水準に戻り、インフレ率が目標通りで推移した場合には、ECBの政策金利据え置きは約80ベーシスポイント(bp)の追加緩和効果をもたらすことになる。まさにシュナーベル氏が指摘したい「受動的な金融緩和」の典型例だ。
その可能性についてはAIと軍備拡張、脱グローバル化による同時多発的なショックにより、今後数年間にRスターが急騰する可能性を示唆する研究もある。
だが、欧州では常に複数の逆流が存在しており、よりハト派的な当局者や予測者に希望を与えている。
その筆頭は、ユーロが外国為替市場でさらなる異常な強さを見せる可能性だ。それは米連邦準備理事会(FRB)に政治的な影響が及び、26年に急激な利下げを促す場合に可能性が特に強まる。
さらに、今週発表された11月の中国貿易統計は輸出先が米国からアジア諸国や欧州へシフトしていることを示した。このことは、米中貿易戦争の副産物として懸念されてきた安価な輸入品の欧州市場への流入が現実化する可能性を示唆している。
デフレ圧力が強まり、持続的であることが証明された場合、ユーロ圏のインフレ率が目標を下回るリスクはECBの現行予測に基づいた想定よりはるかに大きくなる。
ドイツの景気刺激策の影響の不確実性や、ウクライナでの戦闘が終結する可能性も加味すれば、市場は結局のところECBの今後の動きに関してあらゆる予測を留保するのが賢明かもしれない。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)