
Stephen Jen
[ロンドン 4日 ロイター] - 円 JPY=はあまりにも弱くなり過ぎている。つまり今後数年以内に、直物レートと日本経済のファンダメンタルズの乖離(かいり)が縮小する公算が大きい。そうなると円キャリートレードが突然巻き戻されるリスクが増幅される。
足元のドル/円は約155円で、2022年初めの115円前後からとてつもなく円が売られ、過去数十年のレンジ(80-160円)で最も円安の水準に近い。
円安が続いた一番の要因は、日米の大幅な金利差だ。
米連邦準備理事会(FRB) や他の多くの中央銀行は22年、物価上昇を抑えるために急激な利上げを迫られた。一方、日銀はマイナス金利を維持し、長期金利を低く安定させる目的でイールドカーブ・コントロール(YCC)を24年3月まで継続した。
その後日銀は植田和夫総裁の下でようやく利上げに動き、現在の政策金利は0.5%となった。それでも米国の政策金利3.75-4.00%より低いだけでなく、日本の消費者物価前年比上昇率の3.0%を下回っており、日本の実質金利は依然としてマイナス圏深くにとどまっている。
<見えない需要主導の物価上昇>
円安は、日本に予想外のインフレをもたらした。それは本来、朗報であるべきではないだろうか。
日銀は実に25年にわたってさまざまな非伝統的政策手段を駆使し、デフレと格闘してきた。ゼロ金利政策やマイナス金利政策、量的緩和(QE)、YCCはほぼ全て他の主要中銀によって模倣するか改変して導入されている。(もしかしたら、いつの日か日銀はノーベル経済学賞を受賞するかもしれない。)
しかし22年以来の物価上昇は、輸出を通じて生産を刺激するという古典的なパターンに沿っていない。主な理由は、日本の高齢化進行に伴う人手不足だ。
その代わりに円安は輸出企業の利益率を膨らませた。だからこそ日本株が人気を集めながらも、経済成長が低調で、物価上昇も植田総裁の言葉を借りれば、需要主導ではなく供給要因に起因している状態にある。
日銀が現状を許容しているのは、物価押し上げ要因が供給サイドからいずれ需要主導になるとの考えに基づいている。だがわれわれはまだ、この転換点に達していない。
<適正水準>
むしろ日本は、人為的に国際的な購買力を低下させ、微々たる経済成長と物価上昇を何とかひねり出してきた。それは貧しくなることで裕福になろうとする矛盾に等しい。
バブル崩壊からちょうど10年を経過した2000年を振り返ってみよう。当時の日本の1人当たり国内総生産(GDP)はまだ、リヒテンシュタインとルクセンブルクという小さな租税回避国に次ぐ世界3位の座にあった。
それが今年になると、日本の1人当たりGDPはスペインやポルトガル、チェコ、スロバキアよりも低い世界38位に後退している。
こうなった最大の理由はもちろん円安だ。現在の為替レートに基づくと、過去20年に及ぶ日本の累積的な実質GDP成長率はドル換算で非常に低くなってしまう。しかしわれわれが適正水準と推計している1ドル=125円で計算すると、日本の順位はトップクラスに跳ね上がる。
通貨価値は正確な測定ができないのは確かで、対象となる2つの通貨の相対価格を評価する方法はさまざまだ。特に円は、日銀の膨れ上がったバランスシートが生み出すゆがみも考慮しなければならず、そうした考えが当てはまる。
ただ片山さつき財務相は、ドル/円の適正水準は120-130円の間だと信じていると発言している以上、中期的に行き着く先は125円とみなすことに合理性がある。
それでも納得できないなら、日本を訪れてみればよい。この国の1人当たりGDPがチェコと同等ではないと大方が確信するだろう。
<相場修正の先>
円が日本のファンダメンタルズと整合的でない点を踏まえると、どのような要因がこの格差を縮めることができるだろうか。
1つ目が金利差縮小であるのは間違いない。物価高止まりを警戒する日銀が、多くの市場参加者の想定より急速に利上げし、FRBが労働市場の弱まりを受けて急激な利下げに動く事態はあり得る。
2つ目としては、日本の外貨収入が膨大な技術更新投資に向けて国内に環流する可能性が考えられる。日本は米国と同じく、安全保障上の理由から生産拠点を国内に戻すべき十分な妥当性があり、人工知能(AI)やロボットの導入は日本の人口動態との相性が完璧だ。
3つ目は、日本の当局が市場の見通しを変えること。投資家がドル安円高を想定するようになれば、長年にわたるQEや大規模な財政赤字によって円の安全資産としての魅力がいささか低下しているとしても、日本からの資金流出が抑制されてもおかしくない。
1998年10月7日、ドル/円が1日で134円から120円に振れた局面を今なお記憶している人もいるだろう。ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)危機とロシア政府のデフォルト(債務不履行)が直接のきっかけだったとはいえ、巨大な円キャリートレードのポジションは燃え上がる寸前の薪の状態だった。
現在もそのような円キャリートレードの規模が巨大だと信じるに足りる数多くの理由が存在する。
(筆者は英資産運用会社ユーリゾンSLJキャピタルの最高経営責任者(CEO)兼最高投資責任者(CIO)です。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)