Ron Bousso
[ロンドン 22日 ロイター] -
米軍によるイラン核施設攻撃は、中東の紛争がエスカレートしてイランが地域の石油・天然ガス輸送を妨害し、エネルギー価格高騰につながりかねない事態を意味する。だが歴史は、何か輸送に混乱が起きたとしてもそれは長続きしない公算が大きいと教えてくれる。
イスラエルが13日に突然イランへの攻撃を開始して以来、投資家とエネルギー市場は中東から、特にホルムズ海峡からの石油・天然ガス輸送が滞るのではないかとの懸念を強めている。イランとオマーンに挟まれたホルムズ海峡は、世界の総需要の約20%の石油・天然ガスが通過する海上交通の要衝だ。
北海ブレント原油価格は13日以降で10%上昇し、1バレル=77ドルに達している。
これまでイスラエルとイランは互いのエネルギー関連施設を標的にしていたが、地域の海上交通に重大な混乱は生じてこなかった。
しかしトランプ米大統領が22日、イスラエルに加勢して軍事行動に踏み切ったことでイランの計算が変わる可能性が出てきた。手持ちのカードが残り少ないイランとしては、地域全般で米国の資産に報復攻撃を仕掛け、海上輸送を妨げてもおかしくない。
そうした行動は世界的なエネルギー価格高騰につながるのはほぼ確実とはいえ、過去の例や現在の市場の動きからは、投資家が恐れるほどのダメージになりにくい構図が浮かび上がってくる。
<米軍の反撃>
最初に問うべきは、イランが実際にホルムズ海峡を封鎖するか、重大な交通の妨害を起こせるかどうかだ。
その答えは恐らくイエスだろう。イランは最も狭い場所で34キロ(訂正)という海峡一帯に機雷を敷設できる。イラン軍、もしくは革命防衛隊はペルシャ湾で船舶を攻撃も拿捕も可能で、近年幾つかの機会にこのような手段を行使してきた。
さらにホルムズ海峡が全面的に封鎖されたことは一度もないが、交通が妨げられたことは何度かある。
1980年代のイラン・イラク戦争では、双方がペルシャ湾を航行するタンカーを攻撃。イラクはイラン船を標的にして、イランはサウジやクウェートを含めた国の商船だけでなく米海軍艦艇まで攻撃した。
1987─88年にはクウェートの訴えを受け、当時のレーガン米大統領がタンカーを守るために海軍部隊を派遣する場面も見られた。
ホルムズ海峡に再び緊張が走ったのは2007年末で、イランの高速船が米海軍艦艇に接近した。2023年4月にはイラン軍が、米シェブロンがチャーターしていたタンカーをオマーン沖で拿捕し、1年余り経過してから解放している。
このようにイランによる海上交通妨害はあったが、いずれも米海軍の急速かつ強力な反撃を受ける確率が高く、持続的な供給ショックが起きる余地は限られている。
<価格高騰は続かず>
実際歴史を振り返ると、世界的な石油供給に重大な混乱が生じても短期間に終わる傾向が見受けられる。
1991年8月のイラクによるクウェート侵攻をきっかけに、北海ブレント価格は10月までに2倍の40ドルに跳ね上がったが、米国主導の多国籍軍がクウェート解放に向けた作戦を開始した92年1月には元の水準に戻った。
2003年3─ 5月のイラク戦争(第2次湾岸戦争)では、02年11月から03年3月までに46%上がった原油価格は、米国主導の軍事作戦開始直前にはすぐ反転下落している。
同じように22年2月のロシアによるウクライナ侵攻も原油価格を一時130ドルに押し上げたものの、8月半ばには侵攻前の95ドルに回帰した。
PVMのアナリスト、タマス・バーガ氏は、こうした原油価格の比較的素早い反落は主として当時生産諸国に十分な余力があったことと、価格急騰が需要を抑えた事実が効いていると分析した。
<十分な生産余力>
現在の石油市場も生産側に余力があるのは間違いない。石油輸出国機構(OPEC)と非産油国でつくる「OPECプラス」全体では足元で、日量570万バレル前後の生産余力があり、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の余力が420万バレルと大半を占める。
懸念されるのは、サウジとUAEから輸出される石油の大半がホルムズ海峡経由という点だ。
ただ両国は、パイプラインを使えばホルムズ海峡を通さずに石油を輸送できる。日量900万バレル前後の生産量を誇るサウジの場合、ペルシャ湾岸のアブカイク油田と紅海側のヤンブーをつなぐパイプラインがあり、輸送能力は日量500万バレルに達するほか、19年には一時的に輸送能力をさらに200万バレル拡張した。
4月の産油量が日量330万バレルだったUAEには、海上油田とホルムズ海峡の外側の輸出ターミナルを結び、日量150万バレルを輸送できるパイプラインが備わっている。
もっともサウジのパイプラインは、近年スエズ運河経由の海上輸送に深刻な混乱を及ぼしたイエメンの親イラン武装組織フーシ派から攻撃を受ける恐れがある。またイラクとクウェート、カタールは今のところ、ホルムズ海峡以外に輸送ルートを持っていない。
一方イランがホルムズ海峡封鎖という強硬措置を選ばない可能性もある。自らの石油輸出を妨げるというのもその理由の1つだ。またイランは米国の介入を踏まえ、これ以上事態をエスカレートさせるのは得策ではないと考え、核開発に関する交渉のテーブルに復帰しようとするかもしれない。
いずれにせよ、ホルムズ海峡封鎖という最悪シナリオの下でさえ、市場は供給ショックが長期化する展開を想定すべきではないというのが歴史の教訓だ。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)い。