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COLUMN-米財政不安と積み重なる「通貨不信」、ビットコインの行方は=尾河眞樹氏

ロイターJul 16, 2025 12:41 AM

尾河眞樹 ソニーフィナンシャルグループ執行役員 チーフアナリスト

- 「私たちの国は米国第一主義によって恩恵を受けている」、「トランプ大統領が我が国の経済主権を取り戻すために懸命に努力する中、本日の財務省発表は、記録的な関税収入を示しており、しかもインフレは発生していない」——米財務省が11日に発表した6月の米財政収支が270億ドルの「黒字」となったことを受け、ベセント財務長官はすかさずSNS上でこのようにトランプ大統領を持ち上げた。

確かに米財政収支の改善は、同月の関税の総収入が過去最高の272億ドルを記録したことが主な背景だ。6月の歳入は前年同月比13%増の5260億ドルと、同月としては過去最高を記録した。関税政策の恩恵で米財政収支が改善しているようにも見え、これに気をよくしたトランプ氏が、「タリフマン(関税男)」ぶりをさらに勢いづかせなければよいと願うばかりである。

実際に、現段階では関税収入の分だけ米財政収支は改善しているうえ、米国で関税引き上げによるインフレの加速はまだ顕在化していない。しかし今後関税によってインフレが顕著になるとすれば、その際には個人消費が抑制されるため米国の輸入量も減り、関税収入は今ほど増えなくなるだろう。むしろ消費や企業収益の悪化で付加価値税収や法人税収が減少すれば、米財政収支が悪化する可能性もある。トランプ氏は今月7日、日本を筆頭とした14の貿易相手国・地域に対する「書簡」をSNS上で次々と公開した。これらの国々に対する関税率は25─40%で、9日にもフィリピン(20%)とブラジル(50%)を含む8カ国を追加。12日に公開した欧州(EU)とメキシコ宛ての書簡では、関税率をそれぞれ30%としていた。仮にこれらの高関税率が適用されれば、米国経済にインフレ加速と景気悪化の、いわゆる「スタグフレーション」がもたらされる公算は大きい。こうした点を憂慮してか、米長期金利は上昇しており、米10年のタームプレミアムも0.7%付近で高止まりしている。

一方、外国為替市場ではこの間、ドル/円JPY=EBSが144円台から147円台に上昇した。しかし、ドルと円を名目実効為替レートで見ると、ドルはこの1週間ほぼ横ばいだった一方で、円は2%程度売られていたのがわかる。したがってドル/円の上昇は、「米長期金利の上昇によるドル高」というよりも、円安圧力のほうが勝っていたようだ。仮に書簡の通り米国が日本に対して25%もの関税を賦課すれば、日本経済にとってのダメージは大きく、日銀は利上げどころではなくなってしまうだろう。

同様に米連邦準備理事会(FRB)も、高関税によって米国経済がインフレ高進と景気悪化に陥れば、金融政策は一層困難になり、動きづらくなりそうだ。この場合、日米の政策金利差が縮まらなくなるという見通しに立てば、円安・ドル高が今後一段と進むようにも見えるが、筆者が重視する「日米実質金利差」で考えれば様子は異なってくる。足下は日本10年債利回り1.5%、日本の期待インフレ率(BEI)1.6%で、日本の実質金利はほぼゼロかわずかにマイナスだ。一方、米10年債利回りは現在4.4%、期待インフレ率は2.4%で、実質金利は2.0%。しかし、今後米インフレの加速によって期待インフレ率が上昇する一方、景気悪化懸念により米長期金利がむしろ低下するようになるとすれば、ドルの実質金利は低下し、ドル安圧力がかかりやすくなるかもしれない。いずれにせよ、今後のトランプ関税次第であり、動向を見守るしかない。

他方で、ここのところ「金利差」に関係なく上昇している資産がある。金と暗号資産だ。金はいうまでもなく金利がつかない資産だが、実物資産としてインフレヘッジの側面も持つうえ、中東情勢緊迫化の際にも買われるなど、安全資産としても選好される傾向がある。象徴的なのは世界の外貨準備の動向で、欧州中央銀行(ECB)のレポートによれば、6月時点で世界の保有率が最も高いのはドル(46%)で変わりないが、金の保有率が20%となり、いよいよユーロ(16%)を上回った。トランプ氏の横暴な関税政策と米国の財政悪化懸念、また、それに対応すべく財政拡張へと舵を切る欧州や日本など、通貨そのものの信認が危ぶまれるなかで、どこの国にも属さず、換金性の高い金の魅力が増しているようだ。

一方、暗号資産の代表格であるビットコイン(BTC)の上昇はさらにすさまじい。6月以降1BTC=11万ドル付近で推移していたのが、トランプ政権の「書簡」発表後にはさらに11%も上昇し、初めて12万ドルを突破した。1つの背景として、米議会の動きもあるようだ。7月14日の週を「クリプトウイーク(暗号資産週間)」と定め、暗号資産に関する法案を集中審議するという。関連法案が整備されれば暗号資産に対して追い風との見方もある。加えてBTCは分散型台帳技術(DLT)を用いたデジタル通貨であり、中央集権型の「通貨」と異なりどの国にも属さない点も、各国の財政や通貨の信認が低下しつつあるなかで、相対的に選好されやすい要因となっている。また、金の約5万トンといわれる埋蔵量と同様に、BTCには2100万枚の発行上限があり、需要の伸びとともに価格が上昇するという期待もあるだろう。ボラティリティーの高さや法的な規制が曖昧な点から、通貨と異なり決済としての利用は困難とされてきたが、デジタルアートなどNFTの決済の多くが暗号資産で行われている。

ただ、金と異なる点として1つ注意しておきたいのは、ビットコインの「安全資産」としての評価が高まるかは、依然として不透明であることだ。値動きについても、長い目でみれば確かに金と連動している時期はそれなりにあるが、特にトランプ政権が発足した今年1月以降のビットコインは、金よりも米国の株価とほぼ連動しており、リスク資産としての側面が強い。ボラティリティーの高さを鑑みても、将来の発展には期待したい一方で、少なくとも現在は依然投機対象であり、米株価が急落するような局面では、共に下落するリスクが高い点は考慮すべきだろう。

トランプ政権の政策とそれに振り回される世界が際立つなかで、通貨、特にドルの信認の低下が指摘されるようになったが、特に最近のトランプ氏による、パウエル議長に対する執拗なまでの批判と辞任要求は気がかりだ。報道によれば、ホワイトハウスは、トランプ氏がパウエル氏を解任する権限を持つかどうかを調査しているという。だが解任よりも可能性が高いのは、次期FRB議長を早期に指名することかもしれない。先月、これまでタカ派だったボウマン副議長らが7月の利下げを示唆するなど、ハト派に転換したことは驚きだったが、仮に次期議長が早期に指名されれば、米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーがトランプ氏への忖度によりハト派になびくかもしれず、パウエル議長のレームダック(死に体)化が懸念される。

これまでトランプ氏にいくら攻撃されても、淡々と職責をこなすパウエル議長への信頼から、市場の期待インフレ率(BEI)は低く抑えられてきた。しかし今後中央銀行の独立性が危ぶまれることになれば、BEIは急騰し、ドルへの信認は大きく低下することになるだろう。ドルの基軸通貨が即座に他の通貨に切り替わるというものではないし、そもそも現段階でドルに代わる基軸通貨の候補は存在しない。しかし、こうした不信認の積み重ねが、じわじわとビットコインなどの暗号資産や金価格を押し上げる環境はしばらく続きそうだ。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。

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