Eduardo Baptista
[北京 9日 ロイター] - 米航空宇宙局(NASA)の月周回有人宇宙船「オリオン」が人類最遠地点の記録を更新し、米国が月帰還への道筋を確かなものにする中、2030年までに月有人着陸を目指す中国の計画は地政学的な意味合いを一段と強め、中国政府に対して計画通り、あるいは前倒しでの達成を迫る形となっている。
NASAは有人月周回計画「アルテミス2」でオリオンの宇宙飛行士4人が月の裏側を周回することに成功した。今回のミッションはアルテミス4で28年に予定されている月面着陸に向けた重要な布石となる。
半世紀以上ぶりとなる米国の月面着陸計画を中国も注視している。中国は初の有人月面着陸に向けて、新型ロケット「長征10号」、次世代有人宇宙船「夢舟(Mengzhou)」、月着陸船「攬月(Lanyue)」などの開発を進めている。中国は近年、世界で初めて月の表側・裏側の双方からのロボット探査機によるサンプルの回収に成功したほか、有人宇宙飛行計画でも、宇宙ステーションの安定運用や軌道上での緊急対応能力を着実に高めてきた。
米シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)航空宇宙安全保障プロジェクト副ディレクター、クレイトン・スウォープ氏は「いま中国の前にある最も大きな成果こそ月への有人着陸だ。これは宇宙開発で優位に立つため、中国にとって不可欠な次の一歩になる」 と述べた。
米中両国は、人類が将来、月に恒久的に滞在する時代を見据えた枠組みづくりでも競い合っている。米国が同国主導で月面開発をめざす有志国間の基本的なルール「アルテミス合意」を打ち出したのに対し、中国とロシアは月面での「国際月研究基地(ILRS)」建設計画を公表し、主導権争いが繰り広げられている。
中国の軍事系研究機関とも関係の深い南京航空航天大学のカン・グオホア教授は、中国国営系メディア環球時報に「もはや問題は誰が先に到達するかではない。誰がより長く滞在し、より多くの成果を上げられるかだ」と話した。
<ハードウエアに高いハードル>
中国にとって大きな課題は、今後4年以内に、重量物打ち上げロケットから宇宙服に至るまで開発中の全装備が初めての運用で確実に機能することを示さなければならない点だ。
中国の有人宇宙飛行プロジェクトを管理・運営する中国載人航天工程弁公室(CMSA)は23年、長征10号ロケット2機を用いる形でミッションを実施すると明らかにした。1機が宇宙飛行士を乗せた宇宙船を、もう1機が月着陸船を打ち上げ、両者は月周回軌道上でランデブーし、ドッキングする。その後、2人の宇宙飛行士が着陸船で月面に降下し、サンプル採取を行ったうえで再び月軌道に戻り、地球へ帰還する計画だ。宇宙船「夢舟」は最大7人の搭乗が可能とされているが、30年の月面ミッションに何人が参加するかや、メンバー構成についてはまだ公表されていない。
中国は一連のロボット月探査で、月周辺での通信、ランデブーやドッキングといった分野で豊富な経験を手にした。一方、有人のミッションは安全基準がはるかに厳しく、ロケットや宇宙船など、重要な要素の一部はまだ試験段階にある。
今年2月には海南島の発射場で、長征10号ロケットに夢舟を組み合わせた初の低高度緊急脱出試験が行われた。中止命令後に帰還カプセルは分離に成功し、海上に無事着水した。また昨年は河北省で攬月の上昇・下降能力試験も実施された。これらは大きな節目だが、30年の有人月面着陸の実現には今後さらに試験のスピードを上げる必要がある。
それでもCSISのスウォープ氏は、中国は着実に前進しており、「期限までに達成する可能性は非常に高い」と見ている。「中国は、宇宙開発で目標期限を設定し、それをほぼ守ってきた実績がある。今回の計画についても、目に見える形での失敗や重大な遅れの兆候はない」という。
<地政学的な争いに>
米中の月面開発競争は技術問題にとどまらず、地政学的な側面を持つ。貿易、テクノロジー、軍事力を巡る両国の対立が激化するなか、月探査が新たな競争の舞台となっているのだ。
米国の専門家らは、中国の国防費増加、宇宙外交を通じた影響力拡大、民間打ち上げ産業の成長、そしてロボット月探査の成功を挙げ、中国が公の場で「競争」を強調しなくとも、月到達に向けて極めて強い意欲を持っている証左だと指摘している。
米ジョージタウン大学・安全保障と新興技術センターの研究アナリスト、キャスリーン・カーリー氏は「中国は“月レース”という表現を避けるかもしれないが、戦略的な目標は宇宙分野での覇権確立にある」と述べた。
一方、中国は公式発表以上のスピードで開発が進んでいる可能性もある。中国の月探査プロジェクトの呉偉仁総設計師は昨年ロイターに対し、2030年という目標は意図的に控えめに設定していると語った。「東洋人は、発言の際には少し余地を残すものだ。『10までできる』としても、『8か9』と言うのが普通だ」と含みを持たせた。