
Yawen Chen
[ロンドン 8日 ロイター BREAKINGVIEWS - トランプ米大統領のグリーンランドに対する関心は、奇妙な現実に突き当たり続けている。米国はすでにデンマーク自治領のこの土地から必要なものをほとんど手に入れているからだ。だからといって、トランプ氏の姿勢が完全に非合理だというわけではない。本来現状を維持するだけで十分なはずの「ルールに基づく国際秩序」を、彼自身が揺るがしている。
グリーンランドの住民はわずか5万7000人。漁業中心の経済規模は30億ドルであり、米国が軍事的に奪取したり住民の買収を試みることは容易だろう。しかし住民の85%は米国の一部になることに反対している。そして、そうした行動は欧州連合(EU)との関係を永久に損ない、北大西洋条約機構(NATO)を崩壊させるだろう。
安全保障の観点から見ると、併合によって得られるものはほとんどない。米国はすでに1951年の防衛協定に基づきグリーンランドで軍事施設を運用しており、ミサイル警戒、宇宙監視、北極圏の監視を行うピトゥフィク宇宙基地などの場所にアクセスできる。
また、デンマークは米国と同様、この地域におけるロシアや中国の活動を警戒しており、米国から要請があれば追加のアクセスに応じる意向を示している。
商業的な利点はさらに乏しい。グリーンランドには、EUが指定する重要原材料34種の25種があるとされるが、鉱山の採掘はごく小規模にとどまり、レアアース(希土類)の生産はゼロだ。厳しい気候、限られたインフラ、そして精製施設からの距離の遠さなどから、現在のところ採掘は採算が取れないとキャピタル・エコノミクスは指摘している。一方、米国企業はすでに同地への投資が許可されている。
グリーンランドの奪取はどんな形であれ、莫大な費用も伴う。デンマークはグリーンランドに毎年39億デンマーククローネ(5億1100万ドル)の補助金を提供しており、これはグリーンランドの公的収入の約半分、域内総生産(GDP)の20%近くに相当する。主権が代われば、この支援をどこが引き継ぐのかという問題が浮上する。
トランプ氏は1951年の協定を更改するだけで、こうした面倒な問題を回避できるかもしれない。新たな協定で、費用負担やアクセス権をより米国に有利な形に調整するのだ。同様に、トランプ氏は採掘コストの低減や投資誘致につながる経済協定を結んで、米国企業に補助金を出すこともできる。
ではなぜ、トランプ氏はそうしていないのか。政治助言会社シグナム・グローバルによれば、一因は「グリーンランドへの立ち入りが許される」ことと、「グリーンランドを利用して、中国やロシアの現地での活動に拒否権を行使すること」との間に違いがあることだ。
トランプ氏は後者に執着している。これはおそらく気候変動による海氷の減少により北極圏に新たな戦略的航路が開けつつあるためだ。
より大きな問題は、世界秩序に対するトランプ氏自身の行為だ。ベネズエラのマドゥロ大統領を拘束するなど露骨な力による掌握は、米国が自らの「裏庭」を牛耳ることを可能にしたモンロー主義のトランプ版ともいえる。
国際条約や規範が通用しなくなるのであれば、たとえグリーンランドの協定を強化してもあてにならないと考えるのが、逆説的ではあるが、ある程度理にかなう。それでも、この島の住民やデンマーク、そして欧州がトランプ氏の姿勢を不快に思うのは無理もない。
●背景となるニュース
*米政府は7日、トランプ大統領が米軍活用を含むグリーンランド獲得の選択肢を検討していると発表した。
ホワイトハウスは声明で、トランプ氏はグリーンランド獲得を「北極地域で敵対勢力を抑止する」のに必要な米国家安全保障上の優先事項と見なしていると表明した。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)