
Jamie McGeever
[オーランド(米フロリダ州) 22日 ロイター] - 株価の高値更新、タイトな信用スプレッド、そして粘着的なインフレにもかかわらず米国債利回りが下落しているのを見る限り、投資家は、物価よりも雇用を主軸に金融政策を運営するパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の姿勢を受け入れたようだ。
その結果、自律的なフィードバックのループが根付く可能性がある。つまり、労働市場への懸念が利回りを押し下げ、そのことによって景気減速への不安が強まり、さらに利回りの下押し圧力が続くという循環だ。
3週間にわたる政府機関閉鎖で公式の経済統計に飢えている投資家にとって、24日に発表される9月消費者物価指数(CPI)は数少ない手がかりのひとつだ。問題は、それが投資家の望むような数字にならない点にある。
9月CPIは食品とエネルギーを除くコア指数の前年比上昇率が前月と同じ3.1%になると予想されている。これはFRBの目標2%を1ポイント余り上回る水準だ。コアCPIは約5年間にわたり毎月3%を上回り続けている。
それでも債券市場の反応はおとなしいだろう。2年物米国債利回りは先週、2022年8月以来の水準に低下した。これはFRBが来週、12月、そして来年にかけて利下げを継続するとの投資家の見方を反映している。10年物米国債利回りも足下で4.00%を割り込んでおり、21日には終値ベースで1年強ぶりの低水準となった。
したがって、たとえインフレ率が強めの数字になっても利回りが急上昇する可能性は低そうだ。
<弱い労働市場>
3週間に及ぶ政府機関閉鎖によって公式の経済統計が得られない中、投資家は自ら悲観的なシナリオを描いてその空白を埋めている。
投資家が特に気にしているのは「雇用増加の鈍化」だ。雇用創出の急減はこれまで主に労働供給の縮小によって相殺されてきたが、憂慮すべき状況なのは間違いない。
ゴールドマン・サックスのエコノミストは20日、雇用創出が急速に縮小している主な理由として(1)移民の減少、(2)政府の雇用と資金手当ての削減、(3)人工知能(AI)技術の導入、(4)関税関連のコストと貿易の不確実性、(5)マクロ経済的リスクの5つを挙げた。
同社によると、現在の基調的な雇用者数の増加トレンドはわずか月間2万5000人程度と、1月時点の予測よりも12万5000人程度少なく、失業率を一定に保つのに必要な「ブレークイーブン」値の約7万5000人を大きく下回っている。
このブレークイーブン値は比較的高めの見積もりだ。ダラス連銀のエコノミスト、アントン・チェレムーヒン氏の推定は約3万人と、わずか2年前の約25万人から急激に縮小している。
問題はブレークイーブンの雇用増加率が低下すると、失業率の急上昇を抑えるかもしれない一方で、労働市場の根本的な弱さを覆い隠してしまうことだ。小幅な雇用純増は、ほんのわずか悪化するだけで純減に転じる可能性がある。
<樽の中のメッセージ>
FRBはこのリスクを明確に認識している。パウエル議長は先月、インフレ率が依然として目標の2%を上回っているにもかかわらず利下げ再開を決めた主な理由は労働市場の急速な悪化への懸念だったと示唆した。
そしてFRBにも投資家にも、高止まりするインフレ率をあえて無視する理由が他にもあるのかもしれない。
そのひとつが原油市場からのシグナルだ。確かに、原油価格とインフレの関係はかつてほど強くはないが、無視すべきではない。
原油価格は5カ月ぶりの安値圏にあり、ブレント原油は1バレル=60ドル前後で推移している。これは昨年同期を15%程度下回る水準だ。
国際エネルギー機関(IEA)のアナリストなど多くの専門家は、生産量の増加と需要の減退により、来年も供給と需要の不均衡が続くと見込んでいる。
ユーラシア・グループのアナリストの予測が正しければ、この供給過剰によって原油価格は年末までに、過去5年間で最低となる55ドルまで下落する可能性がある。
原油価格の低位推移はほぼ1年を通してインフレ率に下方圧力をかけてきた。もちろん原油の値下がりだけでインフレをFRBの目標である2%に戻すことはできない。だが、FRBと投資家が関心の焦点をインフレから「きしむ労働市場」へと移している理由を説明する要因のひとつにはなり得る。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)