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COLUMN-自民党総裁選後の為替相場、求められる長期的な為替戦略=尾河眞樹氏

ロイターSep 30, 2025 11:00 PM

尾河眞樹 ソニーフィナンシャルグループ執行役員 チーフアナリスト

- 9月26日の外国為替市場では、1ドル=149円96銭と、150円台が視野に入った。円安・ドル高が進行した背景には、米国経済が予想以上に堅調であることに加え、日銀の早期利上げ観測が政治的な要因などからやや抑制されていることが挙げられよう。

9月25日に米商務省が発表した実質国内総生産(GDP)成長率(確定値)は年率換算で前期比3.8%増と、改定値の同3.3%増から大幅に上方修正され、約2年ぶりの高水準となった。主に個人消費や設備投資の強さが寄与している。同日公表された新規失業保険申請件数も21.8万件と、7月以来の低水準。26日公表のコアPCEデフレーターは前年比2.9%と、インフレも引き続き3.0%付近となっており、米連邦準備理事会(FRB)による早期の大幅利下げは見込みにくい経済指標が続いている。米長期金利と共に、ドルの名目実効為替レートも緩やかながら上昇している。

反対に、足下円の名目実効為替レートは下落基調だ。日銀の金融政策を巡っては、このところ日銀から利上げの布石ともいえるようなメッセージがポツポツと出始めている。9月19日の金融政策決定会合では、2人の審議委員が政策金利の据え置きに反対し、0.75%への利上げを主張。なお、ハト派と目される野口委員も9月29日、「政策金利調整の必要性がこれまで以上に高まりつつある」と述べている。また、日銀が保有する上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(REIT)の売却を始めることも決定された。このタイミングでの決定について植田和男日銀総裁は「実務的な検討にメドがついた」ことなどを理由とし、「売却完了までに100年以上かかる」と、極めてゆっくりとしたペースであることを強調した。とはいえ、この決定は金融政策の正常化を一段と進めるものであることは明らかだ。日銀としては、これらの布石を打つことで、日米の景気動向を見極めつつも、自民党総裁選後となる10月以降の日銀金融政策決定会合で、いつでも利上げ可能というフリーハンドも持っておきたかったのかもしれない。

こうした日銀のややタカ派的なスタンスにも関わらず円安が進行しているのは、主に国内政治が影響していると筆者は捉えている。10月4日に投開票が行われる自民党総裁選は、まず物価高対策が主な論点になっているが、どの候補も消費税引き下げには慎重なものの、主に減税や的を絞った給付などの支援策を掲げている。現在は少数与党であり、野党との協力が必須であることを踏まえると、今後はいずれにせよ財政は拡張的となりそうだが、残念ながら財源についての議論はやや曖昧だ。最も積極財政派の高市早苗・前経済安全保障担当相は「赤字国債の発行もやむを得ない」としているが、その他の候補は補正予算や制度改革によって財源確保を模索していくようだ。

国際通貨基金(IMF)は今年6月3日にリリースしたレポートで、世界のGDPの80%を占める約3分の1の国々において、公的債務がパンデミック前に比べて拡大し、増加のペースも速くなっていると警鐘を鳴らした。同レポートによれば、調査対象の175カ国のうち、3分の2以上の国々で2020年にコロナ禍が広がる前よりも公的債務負担が増大しているという。高市候補は9月19日の会見で、「世界の潮流は行き過ぎた緊縮財政ではなく、責任ある積極財政に移行している」と言及した。確かに、パンデミック以降どの国も積極財政に傾いている傾向はある。

ただし注意したいのは、財政悪化懸念が金融市場に悪影響を及ぼすケースもあることだ。特に、22年9月の「トラス・ショック」は記憶に新しい。当時英国の首相だったリズ・トラス氏が、財源の裏付けを欠いた大規模な減税策「ミニ予算」を発表したことが引き金となり、金融市場でポンド安・債券安・株安のトリプル安を引き起こした。日本ですぐに同様のショックが起こるとは考えにくいものの、類似のショックによる円の暴落などを起こさないためにも、責任ある財源の議論が望まれる。

上述した通り財政については、多かれ少なかれ減税や給付などの支援策によって所得を増やすという需要に働きかける政策で一致しているが、興味深いことに金融政策、為替政策については、各候補の主張には明確な違いがある。高市氏が9月24日、「財政・金融政策の方向性を決める責任は政府にあるが、金融政策の手段は日銀が決めるべき」と、日銀の管轄とされている金融政策の「方向性」についても政府が決める、と述べたことに筆者は驚いた。同氏は、昨年の総裁選で日銀が「いま金利を上げるのはアホやと思う」と述べ注目されたが、今回も昨年同様、金融緩和を継続すべきとの姿勢を示している。高市氏の注目度が高いだけに、ハト派の発言も報道されやすく、足下の円は上昇しにくくなっている公算が大きい。反対に茂木敏充前幹事長はこれまでの金融緩和による副作用を懸念しており、正常化を支持しているため、むしろ高市氏とは正反対ともいえる。

一方、為替については、「円安=景気刺激」と捉えるか、「円安=国民負担」と捉えるかで各候補のスタンスが分かれている。円安は国民にとって負担と考えているのは、小泉進次郎農林水産相、茂木氏であり、どちらかといえば、円安は是正すべきとの考えだろう。一方、アベノミクスの流れを組む高市氏は、はっきりと述べてはいないものの「円安=景気刺激」とのスタンスである可能性は高い。こうして政策を比較する限り、どの候補もさほど極端なことは述べておらず、金融市場への影響は総じて限定的とみる。

ただ、上述した通り、金融政策と為替政策についてはそれぞれ大きな違いがあり、選挙直後は、総裁に選出されるのが高市氏なら円安、茂木氏、小泉氏ならやや円高、財政抑制的・金融政策もややタカ派的な林芳正官房長官ならやや円高、といった程度の為替相場への影響はあるだろう。重要なのはその後実際に公約をどのような形で実現していくかであり、為替市場への影響はあくまで総裁選直後に限られるのではないか。

個人的には、足下の物価高に対応するには、的を絞った支援策も必要ながら、短期的には円安の是正が必要だとみている。米国の関税引き上げを踏まえれば、円安によって企業収益への悪影響が和らぐ効果もあるだろう。したがって、極端な円高が良いとは言わないが、内閣府の「企業行動に関するアンケート調査(令和6年度)」を見る限り、輸出企業の採算円レートは製造業が127円台、非製造業が138円台と、まだ余裕はありそうだ。

一方、家計に打撃を与える食料品やエネルギー価格の高騰は、円安による影響が大きい。当社では、FRBの利下げは、来年半ばまでにあと2回、政策金利の中央値としては3.625%までで打ち止めとみている。米インフレは、関税の影響がまだ明確には表れていないものの、これから加速する可能性が高い。加えて来年から始まる減税や規制緩和によって米国経済は持ち直し、インフレは2.0%超の水準で高止まりするとみている。当社の見通しが正しければ、27年にかけて2.8%程度までのFRBの大幅な利下げを織り込んでいる市場の見方が修正されるに従って、ドルは徐々に上昇していく公算が大きい。仮に円安が加速した場合には、日銀は為替レートを政策目標とはしないものの、物価上振れリスクを警戒して、早期利上げに踏み切る可能性もあるだろう。ただ、これはあくまで短期の対応であり、本質的には構造改革、成長投資による生産性の向上によって潜在成長率を高め、長期的に円の価値を高める施策が必要だ。自民党総裁選でも長期的な視野での議論が求められる。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。

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