
Giuseppe Fonte Gavin Jones
[ローマ 18日 ロイター] - イタリアで最も長寿のテレビクイズ番組の名前は、「遺産相続」という。これだけでも、多くのイタリア人が大金を入手する理想的な方法は相続だと考えていることや、相続税率が周辺国と比較してかなり低く設定されている理由が垣間見える。
相続税率を他国の水準まで引き上げれば、欧州連合(EU)第3位の経済大国でありながら慢性的に低迷しているイタリア経済や社会の問題緩和に資することができるとの指摘も出ている。
経済学者のサルバトーレ・モレッリ氏とデメトリオ・グッツァルディ氏が米国の研究機関のデータに基づいて行った分析によると、イタリアの相続財産は2024年には2430億ユーロ(43兆7000億円)に達し、国内総生産の14%に相当する。
ピサのサンタンナ大学の経済史家ジャコモ・ガブーティ氏によると、この比率は30年間で倍増し、19世紀後半以降で最高に達している。
イタリアが突出しているとはいえ、この傾向は多くの先進国に共通する。戦後の「ベビーブーマー」たちが蓄積した資産の価値が急増しているからだ。
しかしイタリアでは、相続資産に対する課税率は平均0.5%以下で、世界平均の3分の1だ。とりわけ巨額の資産を受け継ぐ富裕層ほど、税負担は軽く抑えられている。
<低い相続税と社会的流動性>
前出のモレッリ氏は、「イタリアの相続税の低さは、社会の流動性を阻害し、世代から世代へと特権を温存している」と語る。同氏は、ローマのトレ大学の経済学教授で、ニューヨーク市立大学大学院センターのウェルス・プロジェクトを率いる。
イタリアでは、富裕層の多くが自らの富を相続によって手にしている。スイス金融大手UBSの報告書によると、イタリアには昨年62人の億万長者がいたが、そのうち自力で稼いだと認定されたのはわずか42%で、欧州で最も低い割合だった。
イタリアでトップの富豪はジョバンニ・フェレロ氏で、フォーブス誌によると推計純資産は約410億ドル(約6兆3000億円)。2015年に父ミケーレ氏からヘーゼルナッツ・スプレッド「ヌテラ」製造会社フェレロの株式の過半数を相続した。
このような現象には、深い歴史的ルーツがある。
イタリア銀行(中銀)の調査によると、ルネサンス時代の1427年にフィレンツェで富の上位3分の1を所有していた家は、戦争や疫病、革命、資本主義を経た2011年の時点でも、上位3分の1にいる可能性が50%高かった。
2016年に発表されたこの研究は、イタリアでは相続財産が比較的長期間保たれてきたことを示すものとして話題となったが、税制の変更を促すことはなかった。
イタリアの相続税収は年間10億ユーロに過ぎない。これに対し、ドイツと英国はそれぞれ約90億ユーロ、フランスは210億ユーロを相続税から得ている。平均的な実効税率は、ドイツが2%、英国が2.9%、フランスが7.5%で、米国の相続税率は1.3%だ。
イタリアのわずかな相続税収のうち、100万ユーロを超える資産から発生するのはわずか30%だとモレッリ氏は指摘。相続税をEU平均の水準に引き上げるだけで、イタリアはさらに60億ユーロの税収を得ることができるという。
<メローニ政権は増税に反対>
ミラノのボッコーニ大学のティト・ボエリ経済学教授は、イタリアが相続税収を増額すれば、公的教育や保育の強化に充てることができると述べた。成長力の促進や不平等の改善に資する分野だ。
その税収があれば、メローニ首相は所得をより多く消費する低所得者の給与税を減税し、内需の押し上げを図れると指摘するエコノミストもいる。
しかし、メローニ氏の右派政権は、富裕層への課税強化を求める野党や労働組合の要求を度々跳ねつけている。同首相は今月、「左派は富裕税を提案し続けているが、右派が政権を握っている以上、日の目を見ることはないだろう」と、Xに投稿した。
イタリアでは、一般にあらゆる増税に対する反発が根強い。同国では、多くの公共サービスがEUの基準からすると貧弱で、国家に対する信頼が低いという調査結果もある。
億万長者のメディア王、故ベルルスコーニ元首相は、2001年に相続税を全廃したが、5年後に次の政権が低水準で再導入した。
22年に就任したメローニ首相は、富裕層が生前に相続人に現金や資産を贈与することで相続税を回避しやすくなるよう税制を変更した。
<富裕層優遇の税制>
イタリアでは、配偶者と子供への遺産相続は100万ユーロまで免税となる。この基準を超えると4%課税される。その他の相続人らは最高8%の税率を支払うが、納税免除となる相続額は低いか、あるいはない。
フランスとドイツは、納税免除となる相続額はより厳しく、課税率は5%から60%となっている。
相続税や富裕税に反対するイタリア人は、イタリアはすでに比較的税額が高く、これ以上の増税は成長を阻害し、富裕層の海外移住を後押しする結果となると主張する。
しかし、イタリアの富裕層にはイタリアに留まる強い動機がある。最近の調査によると、社会で最も裕福な7%の人々は、中低所得者よりも納税額が相対的に少ない。
イタリアでは、富裕層の典型的な収入源である一部の不動産や金融資産に対する課税率が低く、自営業者には有利な「フラット(一定)」所得税率が適用される。一方で、中所得の給与所得者の納税条件はより厳しい。
サンタンナ大学のガブーティ氏は、フランスやドイツの経験を引き合いに出し、相続税を引き上げたとしても経済への副作用は小さいとみる。
「ユーロ圏をけん引する2大経済大国は、イタリアよりはるかに重い相続課税を行っている。それでも富裕層の国外脱出を招いておらず、経済成長を大きく損なっている証拠もない」と同氏は指摘した。