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[ニューヨーク 5日 ロイター] - 米電気自動車(EV)大手テスラTSLA.Oがイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)に提示した、今後10年間で約1兆ドル(約148兆円)の報酬案は、その驚異的な金額にもかかわらず、11月の年次株式総会で承認される可能性が高そうだ。
投資家や役員報酬アナリストらはこの報酬案について、マスク氏を同社に引き留め、技術的見通しに対する懸念に対処し、大企業経営者が巨額の資金を受け取る上で十分な理由を与えることを念頭に作成されたと指摘する。
テスラの取締役会は5日の発表に先立ち、「先駆的・野心的・独創的なCEOのための超野心的なインセンティブ・パッケージ」を承認。高額な収益目標と評価目標を設定し、今後10年間でマスク氏がこれらの目標を達成した際には数百万株を付与することを決定した。マスク氏には直ちに、9600万株の新株が割り当てられる。この株式は今後2年間で権利が確定していくもので、5日の時間内取引における価格では310億ドル超に相当する。さらに同氏は会社に対する支配力を一段と増すことになる。米調査会社エクイラーの試算によると、マスク氏の2025年の報酬総額は1130億ドル以上に相当するとみられる。nL6N3US0OY
「この報酬案はロボットの未来への大きな賭けであり、株主からの支持を得られるかもしれない」とスペースXの投資家で「2040アドバイザリー」代表のタウフィーク・ラヒム氏は言う。
「ただ、比較的少数の資本保有者に過大な利益が偏ることになり、持続可能でなく公的な圧力に直面する可能性も高いとして、より大きな社会的問題も浮上する」
取締役会は報告書で、報酬案はマスク氏がテスラから離れることを阻止するためのもので、テスラを人工知能(AI)とロボット工学の大企業へと変革させることに重点を置いているとしている。テスラの潜在能力を最大限に引き出すことができるのは、地球上でマスク氏だけだとの見方を示した。
報酬委員会は2月にマスク氏との交渉を開始。7カ月間で弁護士と37回、マスク氏とは10回の会合を重ねたという。また、特定の項目については交渉不可だった。マスク氏はテスラにおける25%の議決権のほか、係争中の2018年の報酬パッケージについても完全に補償されることを望んでいた。
<退任の恐れ>
マスク氏はこれまで度々、退任するとの脅しをかけてきた。取締役会は同社のAI人材もマスク氏とともにテスラを去るのではないかと懸念したと提出書類で示している。
310億ドル規模の制限付き株式は、少なくとも5年間は売却することができない。これはデラウエア州裁判所が昨年、無効とし、係争中である2018年の560億ドル規模の報酬パッケージに対する部分的な払い戻しであり、取締役会はマスク氏が一定期間内に勝訴した場合は「二重取りすることがないよう」、この一時的な支払いは行われないとしている。
「マスク氏はまた、そのような保証が得られない場合、他の利益を求め、テスラを去る可能性もちらつかせていた」と取締役会は明かした。
<株主による承認>
エクイラーは今回の報酬案について、CEOとしては過去最大規模だと指摘する。法的な問題に直面する可能性は高いものの、専門家らは株主の承認を得られるだろうとみている。
「これまで何度も、テスラの株主はこうした報酬を承認してきた」とエクイラーのリサーチディレクター、コートニー・ユー氏はロイターに語った。
「今は異様に見えるかもしれないが、マスク氏が成功すれば株主は莫大な価値を得ることになるだろう」
テスラの3大外部投資家である米資産運用会社バンガード、ブラックロックBLK.N、ステートストリートSTT.Nはいずれも5日、どう投票するか明かさなかった。バンガードとブラックロックは昨年、マスク氏の560億ドルの報酬案を支持した一方、ステートストリートは反対票を投じたことが開示資料で示されている。
多くの組合関係者や公共部門の財務責任者から懸念の声が上がっており、テスラと大手ファンドは依然、報酬を巡る圧力に直面することが予想される。
米教職員連盟のランディ・ワインガーテン会長は声明で「我々は株主に対し、マスク氏による金の強奪を拒否し、テスラの取締役会からゴム印(決定権)を取り上げ、基本的なコーポレートガバナンスを回復させること強く求める」と述べた。
LSEGのデータによると、マスク氏のテスラ株保有率は現在13%近い。法廷で争われている2018年の報酬パッケージには3億0300万株のストックオプションが含まれており、これを含めれば同社の19.7%の支配権を持つことになる。
また今回の案が承認され、少なくとも7年テスラにとどまり、業績目標を達成した場合には、25%に到達することになる。報酬は特定の目標達成ごとに12分割で支払われる。最終的にはテスラの時価総額がマイクロソフトMSFT.O、メタ・プラットフォームズMETA.O、アルファベットGOOGL.Oの現在の時価総額の合計を超える8.5兆ドルに増え、世界で最も価値のある企業になる可能性もあると取締役会は示した。
テスラに投資するニア・インパクト・キャピタルの創設者兼最高投資責任者(CIO)クリスティン・ハル氏は、報酬パッケージは無責任だと話す。
「研究開発(R&D)や買収、長期的に見て、テスラに真に利益をもたらす場所に投入することができる投資家の資金だ」として、他の株主らと共に異議申し立てを検討していると述べた。
AJベルの投資アナリスト、ダン・コーツワース氏はマスク氏に先見の明があるとしつつも、報酬案は過剰で、コーポレートガバナンスに悪い前例を作る可能性があると語る。コーツワース氏は、マスク氏にそこまでの価値があるだろうかと疑問を呈した。
「優位性を失い、ライバルに追い越され、テスラとは関係ない場所でのマスク氏の行動によってブランドが傷ついた企業を、マスク氏自身が率いている」
<「欲しい額を言え」>
テスラの株価は5日、3.6%高の350.85ドルで取引を終えた。安値から反発したものの、年初来では13%下落した。投資家らはEV業界の低迷や海外との競争激化を懸念している。
「テスラの取締役会は、マスク氏の発言や政治的介入が会社にとってリスクかどうかを案じたかと思えば、次の瞬間には『とにかく欲しい数字を言え、どんな数字でもいい』と言っている」とコーツワース氏は言う。
「本来闘うべきは、自分自身の職を守る必要があるマスク氏だ。彼を引き留めたいテスラの取締役会ではない」