Nathan Layne
[シカゴ 7日 ロイター] - イエス・キリストの最後の晩餐に由来し、信者たちがキリストの血と肉を象徴するワインとパンを分かち合う「聖餐式(せいさんしき)」は、キリスト教会の日曜礼拝における最も神聖な儀式の1つだ。しかし米中西部シカゴの郊外に住むドリス・アギーレさん(59)は今月7日、自宅の居間にある食卓に1人きりで座り、この儀式を行っていた。
トランプ政権が進める厳しい不法移民取り締まりの影響で礼拝に行けなくなり、教会が昨年12月下旬から始めたオンラインでのスペイン語による礼拝サービスを利用しているからだ。
バイデン前政権は、教会を学校や病院などとともに移民当局が捜査のために踏み込むことができない場所として指定していたが、トランプ大統領は就任初日にこの方針を撤廃。国土安全保障省は1月21日の声明で「犯罪者たちはもはや逮捕を逃れるために米国の学校や教会を隠れ場所にするのは不可能になる」と宣言した。
ロイターが取材した米国全土の牧師や教会指導者の話では、こうした政策転換に加え、連邦当局が単に滞在資格を満たしていないとの理由でより多くの人々を拘束する動きが出てきたことで、多くの移民は教会が安全な場所でなくなったと考え、足を遠ざけるようになった。拘束されるのを恐れて礼拝への参加者は減り、信者間のつながりを維持するのが難しくなっているとともに、彼らが頼りにしている教会による食料や法的助言の提供も妨げられているという。
ホンジュラス生まれのアギーレさんは、帰化した米国市民と結婚しているものの、自身は合法的な滞在資格はない。彼女の弁護士によると、25年間も米国で暮らしているにもかかわらず、アギーレさんは最初の裁判期日にうっかり出頭しなかったため強制退去命令が出され、その後訴訟を再開しようとしたが却下されてしまった。
家政婦として働き、二児の母であるアギーレさんにとって、シカゴのリンカーン・ユナイテッド・メソジスト教会で毎週礼拝に参加するのは生活の大事な一部で、他の信者とともに聖餐を受け、礼拝後にコーヒーを飲みながらスペイン語で共通の悩みを語り合う時間を懐かしく思っている。
「教会に通い始めて以来、他の信者は家族みたいに思うようになった。(彼らに会えない)今はとても悲しい時間だ」とロイターに打ち明けた。
これまでのところ移民・税関捜査局(ICE)が実際に捜査のために教会へ立ち入ったケースは見られないが、東部メリーランド州では、ビザ(査証)で許可された滞在日数を超過していたとして牧師1人が、そして教会の駐車場内では複数人がそれぞれ逮捕された。
国土安全保障省の報道官はロイター向けの声明で、ICEは教会に強制捜査はしていないと述べ、教会内の捜査には特別な許可が必要になり、滅多に実行されないだろうと付け加えた。ただギャングのメンバーや殺人犯などの危険な重罪容疑者が教会に逃げ込んだ場合は、公共の安全を守るために逮捕が行われるとしている。
多くの移民の信者を抱える一部の教会は、一定区域を私有地として登録し、ICEが立ち入るためのハードルを引き上げた。私有地に踏み込むには礼状が不可欠だからだ。8人の牧師はロイターに、別の対策として米国市民の信者を見張り役として外に配置したり、移民らに自身の権利を知ってもらう研修を企画したりしていると語った。
西部カリフォルニア州オレンジ郡の教区では最近、在宅で聖餐式に参加できる仕組みを提供し始めた。
全米ラテン福音連合を率いるガブリエル・サルグエロ氏は、牧師たちから相談を受けていると話す。彼らは拘束される不安感が高まっている教区の信者らから支援を求められて対応に苦戦しているという。
サルグエロ氏は「教会はもっと頑張ることを求められ、精神的に疲弊しつつある。第2次トランプ政権(の移民締め付け)は以前よりはるかに攻撃的、無差別だ」と嘆いた。
<違憲訴訟>
7月にはプロテスタント諸派の連合が米政府を提訴した。トランプ政権が教会をICEの強制捜査から保護する措置を撤廃したのは、宗教活動の自由を保障する合衆国憲法違反だという主張だ。拘束の脅威が常にある以上、移民らが教会に行くのを怖がるようになった点を根拠としている。
一方政府側は、全般的な移民への取り締まり強化ではなく、まさにこの方針変更が礼拝参加者の減少をもたらしているとは立証されていないと反論し、国土安全保障省の報道官は、そうした恐れは「サンクチュアリ(聖域)」を唱える政治家やメディアがICEに関する虚偽の情報を広めることによってもたらされていると述べた。
双方は現在も東部マサチューセッツ州の連邦裁判所で係争中だ。
ただフラー神学大学院教授で聖域化運動を主導してきた1人のアレクシア・サルバティエラ氏の話では、過去に移民へ聖域を提供してきた一部の教会が、ICEに目を付けられるのを懸念してそうした聖域化の動きを取りやめてしまった。
サルバティエラ氏は「誰も教会が安全な場所だと保証できなくなっている」と述べ、個人間のネットワークが教会の撤退した隙間を埋め、移民支援に乗り出していると付け加えた。
それでも政治的に左派系の教会や、中南米系の信者が多い教会は移民保護運動を続けており、裁判所に出廷する移民に宗教指導者やボランティアが付き添って、当局から拘束されることを防ぐなどの取り組みを進めつつある。
対照的に白人主体の福音教会の指導者は、トランプ氏支持層の信者を刺激したくないため、おおむね沈黙を守っているもようだ。
<ロサンゼルスの惨状>
トランプ政権の姿勢が教会に及ぼした影響は、西部ロサンゼルスが最も大きい。ここ数カ月で積極的な不法移民摘発が実施され、トランプ氏は6月、同市でICEの不法移民摘発に抗議デモが起きると、州兵まで派遣した。
全米ヒスパニック・キリスト教指導者会議を率いるレベレンド・サミュエル・ロドリゲス氏は、ロサンゼルス全体で礼拝参加者は平均35%減少し、ICEの強制捜査があった地域付近の教会では直後の礼拝参加者は最大7割も落ち込んだと明かす。
トランプ氏が2期目に就任する以前は、リンカーン・ユナイテッド・メソジスト教会のスペイン語日曜礼拝には最大80人が訪れたが、7日の礼拝堂は無人で、牧師は18人の信者のためにオンラインで聖餐式を行った。
食卓でペーパータオルホルダーに立てかけた携帯電話の画面を厳粛な面持ちで見守っていたアギーレさんは、トランプ氏の移民規制が生み出した恐怖を嘆きつつ、自身の滞在資格の問題があるにしても、移民支援のために公の場で声を上げることが大事だと強調。「(トランプ氏が)これほど強硬に、全てを一掃するためにやってくるとは想像もしなかった」と語った。