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訂正-COLUMN-史上最高値を更新、基軸通貨性から探るユーロ/円の上値余地=唐鎌大輔氏

ロイターOct 8, 2025 1:50 AM

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

- 金融市場は、自民党の高市早苗新総裁誕生とこれに伴うリフレ政策復活への期待感から、円売り・債券売り・株買い一色の地合いである。

現時点では、高市氏の胸中は測りかねる。高市氏は総裁就任直後に「コストプッシュ型インフレという状態で放置して、これでデフレではなくなったと安心するのは早い」と述べている。実際は、 コストプッシュで上がった部分は修正されずに前年比で淡々と上がり続けているため、「値上がり後の供給に需要が付いてきている」という意味では必ずしもコストプッシュ型インフレとも言い切れないし、そもそも「コストプッシュ型のインフレだから日銀は利上げしなくて良い」という理屈も正しいとは言えない。

現段階ではどこまでいっても憶測の域を出ないが、高市氏の「安心するのは早い」という言動は拡張的なマクロ経済政策で押し切るという意思表示にもとれる。さらに、経済政策に関し、政府・日銀の意思疎通の重要性や整合性を強調する日銀法4条を持ち出し、「金融政策の方向性を決める責任は政府にある」といった解釈も見え隠れする。この点はさまざまな解釈が可能だが、不穏な雰囲気を感じなくもない。

こうした発言に限らず、高市氏のリフレ志向は否定しがたいものがある。要は 「少し拡張するか」、「思い切り拡張するか」といった程度の問題でしかないのだろう。そもそも政治は事に及べば拡張的な財政・金融政策に手を出しやすいものだ。「高市政権」が拡張的な財政・金融政策に傾倒する可能性は岸田政権や石破政権よりも随分高いと見るのが自然である。

この点、既に高市総裁選出以前から、円安と円金利上昇が併存していることは見逃せない。過去3カ月を見ると、円金利主導で日米金利差が縮小してもドル/円JPY=EBS相場は下落しないどころか強含んでいる。「円金利上昇はもはや円売り材料」にも見受けられる中、新政権の情報発信を市場はどう解釈し、消化していくのか。当面はドル/円相場と日米金利差の逆相関が強まる展開を注目しておきたい。

もっとも、第二次安倍政権時代と同じ温度感でリフレ政策に傾倒することは経済・金融情勢に照らして無理筋であり、また少数与党である現状を鑑みれば実務的にも困難と思われる。今後、市場の期待と現実の政策運営に乖離(かいり)が広がれば、高市トレードの巻き戻しが起きるリスクは大いに警戒すべきだろう。10月30日の日銀金融政策決定会合における情報発信次第では、高市氏に付きまとうリフレイメージが剥落し、足元の高市トレードの巻き戻しが促される可能性もある。

<ユーロ/円高値更新は単なる円安の副産物>

ところで、為替市場ではユーロ/円EURJPY=相場が177円台に突入し、史上最高値を更新している。おりしも「ドルの基軸通貨性」が毀損する裏側で「ユーロの基軸通貨性」が高まるとの期待が漂う中、2000-09年に次ぐユーロフォリア(ユーロに対する陶酔・熱狂)の時代が到来する可能性を勘繰る向きも出てきそうだ。

しかし、当時と現在では事情が全く異なる。当時のユーロ相場は対ドル、対円、双方に対して急騰していたが、今回は対円での上昇に限定されている。つまり、現在のユーロ/円相場の高値更新は円安の副産物に過ぎない。

少しだけ過去を振り返っておこう。ユーロ導入直後の10年間は各加盟国の対独スプレッドが著しく縮小し、南欧諸国を中心に低金利と強い通貨を謳歌するという局面を迎えた。この時代に過度な消費・投資が刺激され、後の欧州債務危機に繋がっていったのである。実際にそれが発生するまでは「ドルの代替としてのユーロ」という文脈でユーロ全面高が進み、対ドルでは1.604(08年9月30日)、対円では169.97円(同日)という当時としては史上最高値をつけた。対円での高値は既に24年9月に更新され、まさに足元でそれも更新されたわけだが、対ドルでの最高値にはまだ程遠い。

ちなみに、09年9月末には世界の外貨準備に占めるユーロ比率は28.03%まで高まっている。これも現在(25年6月末時点で21.13%)とはかなり乖離がある。 繰り返しになるが、ユーロ/円相場の最高値更新は円安の副産物であってユーロ相場が特筆されるような強さを帯びているわけではない。

<再び縮小に向かってきた対独スプレッド>

しばしば話題になっているように、トランプ大統領が「解放の日」と銘打って関税措置を発表した4月2日以降、米国から欧州への資金ローテーション、とりわけこれに付随する「ユーロの基軸通貨性」の高まりは長期・超長期の資金を運用する投資家において注目されているテーマである。この辺りは過去の本コラムへの寄稿「『欧州の再軍備』、金融市場の注目はその財源に」で詳しく議論しているので参照にされたい。

例えば、2000年代の「ユーロフォリア」の時代に縮小した対独スプレッドは欧州債務危機を経て大幅に拡大し、足元で再び縮小に向かっている。これが欧州再軍備計画を背景とした共同債発行を当て込んだ動き、象徴的な言い方をすれば「将来的な財政統合に期待する値動き」という解釈は断続的に見られている。欧州連合(EU)共同債の継続的な発行は国際金融市場に新たな安全資産が登場することを意味し、ドル建て資産から流出し、さまようマネーの受け皿となることが期待される。「ユーロの基軸通貨性」に期待が寄せられる中、今後、国際通貨基金(IMF)の公的外貨準備の通貨別構成COFERのデータ上でユーロ比率が高まるとすれば、対ドルでの騰勢も期待されるだろう。

<ユーロ/ドル相場がPPPまで上がった場合、200円に接近>

そもそも恒常的にユーロ圏のインフレ率が米国のそれを下回ってきたため、ユーロ/ドル相場の購買力平価(PPP)が徐々に切り上がっているという現実がある。ちなみに25年8月時点のPPPは1.27付近だ。しかし、14年6月に欧州中央銀行(ECB)がマイナス金利政策を導入して以降、ユーロ/ドル相場は恒常的に1.20を割り込み、PPPからの乖離は拡がるばかりだった。なお、これは米国対比で劣後するユーロ圏の成長率ゆえに、政策金利上、「米国>ユーロ圏」の構図が常態化し、ドル買い・ユーロ売りが常に先行してきた結果でもある。しかし、その欧米金利差も目下、急速に縮小している。現在のECB(利下げ停止)とFRB(利下げ再開)の政策姿勢の差があまりにも顕著であるため、両通貨の金利差を当て込んだユーロ買いは当面強まっても不思議ではない。

その上で今後、ユーロへのローテーションは続くのか。ラガルド総裁を含むECB高官は今年5月以降、論文や講演などを通じて「ユーロの基軸通貨性」に対する見通しを頻繁に語るようになっている。その際、欧州再軍備計画を通じて安全保障面での自立性が高まり、その資金調達も共同債で工面するようになれば域内の安全資産も充実し、国際資金フローの受け皿となり得るといった論点はしばしば言及されている。そのような未来はかなり先になるのだろうが、そこに期待するのであればPPPの示唆する1.30弱までの騰勢はあっても不思議ではない。

ドル/円相場が本稿執筆時点の152円付近とした場合、ユーロ/ドル相場が1.30になるとユーロ/円相場は200円に接近することになる。繰り返しになるが175円前後の水準はあくまで円安により実現している水準であり、「ユーロの基軸通貨性」に見直しが入るのだとすれば、さらなる上値を視野に入れた議論が必要になる。もちろん、これらは超長期的な視点に立った議論だが、昨今の米国の振る舞いを見る限り、リアリティーを感じなくもない議論であろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

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