Mike Dolan
[ロンドン 2日 ロイター] - スイス国立銀行(SNB、中央銀行)は特別なケースかもしれない。だが中央銀行が準備通貨として優先的に組み入れる通貨に関する変化を探しているなら、SNBの動きは興味深いエピソードと言える。具体的には、購入対象からドルが外れているのだ。
トランプ米政権が4月に打ち出した関税措置をきっかけにドルが急落し、投資家が金とともに安全資産とされるスイスフランに殺到したため、超フラン高がもたらすデフレ圧力に対するSNBの長年にわたる闘いが今年劇的に再燃した。
スイスの物価上昇率は前年比で4年ぶりのマイナスとなり、SNBは6月に政策金利を再びゼロまで引き下げたほか、第2・四半期にフランが高騰すると大規模な為替介入を行った。
SNBが9月30日に公表した最新の資産状況を見ると、第2・四半期に50億6000万スイスフラン(63億6000万ドル)相当の外貨を購入したことが分かる。四半期ベースでは過去3年余りで最も多額の介入となった形で、準備資産は1兆1000億ドルに膨らんだ。
この春の状況や近年のパターンを踏まえると、今回の介入がほぼ全てユーロ買いだったように見えるのも異例だった。
スイスフランは4月にドルとユーロの双方に対して高騰したが、上げ幅は対ドルの方がずっと大きく、その後もフラン高/ドル安がじりじりと続いている。
対照的にユーロ/フランは4月以降の半年間、0.93フラン近辺で基本的に落ち着いており、SNBの介入がユーロ買いに集中している様子がうかがえる。
SNBの資産状況からは、準備資産に占めるユーロの比率が2020年以降で初めてドルを上回り、それぞれ39%と37%になったことも読み取れる。
ソシエテ・ジェネラル(ソジェン)のストラテジスト、オリビエ・コルベル氏は「急激な通貨配分の変化はSNBがフラン高/ユーロ安の阻止に注力したことを意味している」と指摘した。
SNBが算出する実効為替レートの構成比はユーロが42%だがドルは14%に過ぎないので、この比率に対応するような準備資産の再調整がさらに続く余地は十分にある。
<米国への配慮>
再調整へのインセンティブも存在する。
米国とスイスの貿易交渉は紛糾し、米政府は8月にスイス製品へ適用する関税率を39%という高さに設定。こうした中でSNBは、スイスの貿易黒字に不満を持つ米政府に、通商政策の一環として為替操作をしていると非難されかねないドル買いには動けない。
今週に入るとSNBとスイス財務省、米財務省が異例の共同声明を発表し、競争上の目的で為替レートを政策目標にしないと再確認した。
確かにこの声明では、為替介入はSNBが適切な金融環境を確保し、物価安定の使命を達成するための重要な金融政策手段として認められ、SNBはドル/フラン相場を通じた介入の余地が得られたように解釈できる。
しかし同時に、米政府が貿易交渉において通貨問題でいかに神経をとがらせているかも浮き彫りになった。さらにトランプ大統領の貿易政策の主な狙いは、政権が総じて過大評価されているとみなすドルを弱くすることにある、というのが大方の専門家の見方だ。
ソジェンのコルベル氏は「これは将来のSNBによる介入もユーロに集中し、ドル/フランはより自由な市場の価格形成に委ねる公算が大きいことを示唆している」と述べた。
貿易問題では、トランプ氏が米国内の工場で生産しない製薬会社に対して、特許のある医薬品に100%の関税を課す方針を表明したことで事態がややこしくなった。
その上、米政府と米製薬大手ファイザーが関税適用を免れる見返りに薬価を引き下げると合意したことで、米国事業比率の大きいスイスの製薬大手ロシュROG.S やノバルティスNOVN.Sには一層強い逆風が吹いている。
もっともこのような急な取引がどう展開しようとも、スイスは現段階、そして今後においても大規模なドル買い介入を持ち出してより幅広い議論を悪い方向に導きたいとは考えないだろう。
ではなぜこの問題がスイス以外の国・地域にとっても大事なのか。
理由の1つは、米国の保護主義推進が、中銀の準備資産運用と為替介入に影響を及ぼす可能性が十分にあることだ。
国際通貨基金(IMF)が今週公表したデータにある通り、世界の中銀の外貨準備が約13兆ドルに達し、その56%をなおドルが占めるという状況だけに、その意味合いは非常に大きい。
一方でSNBの準備資産は多様な外国資産で構成され、約3分の2は政府証券だが、株式も最大25%を占め、その大半が米国の巨大企業だ。
準備通貨の再構成は、保有資産の入れ替えにつながるので、世界の各市場に波紋を広げてもおかしくない。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)