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COLUMN-高市内閣の高支持率と日銀副総裁の入院、金融政策への影響を考える=上野泰也氏

ロイターNov 20, 2025 2:35 AM

上野泰也 マーケットコンシェルジュ 代表

- 10月21日に発足した高市内閣の支持率が、1カ月経っても高い水準を保っている。11月半ばに実施された世論調査を見ると、共同通信で69.9%(前月比+5.5%ポイント)、朝日新聞で69%(同+1%ポイント)だった。

金融政策の専門家集団である日銀は、歴史の教訓を踏まえて政治から独立しているわけだが、政治家とは異なり「選挙の洗礼」を受けないことがウイークポイントである。

支持率が高い、すなわち多くの有権者から厚い支持を得ている内閣は、日銀に対して強い態度に出やすいのではないかと考えられる。日銀の「レジームチェンジ」を実行した第2次安倍晋三内閣のケースは、まだ記憶に新しい。

そうした政治情勢の下、日銀プロパーであり、学者出身の植田和男総裁を支える重要な役回りを担っている内田真一副総裁が白血病の治療のため11月7日から入院していることを、日銀が14日に明らかにした。数週間程度で退院できる見通しで、入院中はリモートワークで事務方と連絡をとりながら必要な公務を行っており、12月18-19日開催の次回金融政策決定会合には対面で出席する予定だという。

政策委員会メンバー9人を野球チームの出場メンバーに例えると、内田副総裁は、不動の4番・植田総裁の前に打席に立ち、自慢のバットでチャンスを広げる3番バッターということになるだろう。

今回の内田氏入院について毎日新聞は、「内田氏は副総裁を続投する姿勢だが、仮に業務に支障を来すような事態になれば、重要局面を迎える日銀の金融政策に大きな影響を与える可能性もある」と、他のマスコミよりもやや詳しく報じた。

ここで参考までに、過去に日銀の副総裁が金融政策決定会合を欠席したり、電話での参加にとどめたりした事例を2つ振り返っておきたい。

黒田東彦前総裁の時代には、日銀プロパーの雨宮正佳副総裁(当時)が21年1月の金融政策決定会合2日目を欠席したことがあった。これは近親者がPCR検査を受けたことが理由で、結果は陰性だったという。翌22日から公務に復帰と日銀は発表した。

この会合では、金融政策は全員一致で現状維持となった。貸出増加支援資金供給と成長基盤強化支援資金供給について貸付実行期限の1年間延長が決まったが、ルーティーン的な決定事項だった。

雨宮氏もフルに出席したその次、21年3月開催の金融政策決定会合では、イールドカーブコントロール(YCC)における長期金利ゼロ%からの変動幅の上下0.25%程度への拡大、連続指値オペの導入など、重要な政策変更があった。

植田総裁が率いる現体制下では、24年4月25-26日開催の金融政策決定会合に、金融庁出身の氷見野良三副総裁が電話で出席した事例がある。

日銀の説明によると、理由は新型コロナウイルスに感染したため。会合初日までに体調は回復したものの、医療機関の指示に従って外出を控えることになった。

この会合で、金融政策は全員一致で現状維持になった。

その直前、3月の会合でマイナス金利解除やYCC撤廃を日銀は決定したばかりであったため、現状維持に意外感は全くなかった。

今回の場合、内田氏は入院しているものの、12月の金融政策決定会合には対面で出席する見込みと報じられている。したがって、副総裁の欠席や電話出席という状況下で重要な政策変更が行われなかった過去の事例と、単純に重ね合わせることはできない。

とはいえ、入院して治療・療養中の内田氏が、「アンチ日銀」色が濃い高市早苗政権との間で水面下での折衝など重要な調整を担うのは、相当難しいのではないか。

筆者は、為替の円安に一定のブレーキをかける狙いからも、高市政権は日銀の追加利上げを少なくとも1回は容認するだろうとみている。利上げのタイミングとしては12月よりも来年1月のほうがロジカルで説明がつきやすく、政府・与党との摩擦も小さいとみられる。

植田総裁が重視する26年春闘の「初動のモメンタム」は、年明け1月の支店長会議で上がってくる報告まで見きわめるのが自然な流れであり、実際、今年1月の利上げではそうした手順を踏んだ。

最低賃金1500円という政府目標の事実上の撤回にみられるように、高市政権は石破茂前政権よりも中小企業への目配りを重視しているという背景も、微妙に影響し得る。

また、毎年の春闘は、経団連が経営側の基本指針となる「経営労働政策特別委員会報告」(経労委報告)」を1月に公表した後、同月下旬に労使フォーラムが開催されるあたりから、労使の間で交渉が事実上始まるとされている。

25年の場合、経労委報告の公表が1月21日で、翌22日に経団連と連合のトップが懇談会を開催。労使フォーラムは31日に行われた。春闘の交渉が始まったとはまだ言えない今年12月までの情報だけで、その「初動のモメンタム」を確認できたという説明は、日銀としても行いにくいだろう。

さらに、少数与党の高市政権は、総合経済対策を具体化する25年度補正予算案を11月28日にも決定した上で、12月初めに国会に提出する見込みだ。野党の一部からも賛成を取り付けながら年内の可決成立を目指す、重要な時間帯に入る。

「ポリシーミックス」の観点からは、財政政策が拡張方向に踏み出す際に、同じタイミングで日銀が金融緩和度合いの低下、すなわち金融引き締めに動くのは、整合的とは言い難い。

なお、内田氏については、その弁舌の巧みさが広く知れ渡っているが、ワークライフバランスを重視する一面が報じられたこともある。「企画局長時代は残業や夜の付き合いは最小限に抑え、早々に家路を急ぐ合理主義者の顔ものぞかせた」と、23年2月10日に日経電子版が報じていた。日銀のキーパーソンの一日も早い快癒が祈念されるわけだが、職務への全面復帰後も、高市政権という手ごわい相手がいるだけに、副総裁としての気苦労はなかなか絶えないだろう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*上野泰也氏は、経済・金融市場に関する情報を発信する「マーケットコンシェルジュ」の代表。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から25年6月までみずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。25年7月より現職。

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