
Mike Dolan
[ロンドン 23日 ロイター] - 欧州経済は、地政学的な問題と世界経済の主導権争いという2つの要素の間で綱渡りを続けている。双方から吹いてくる猛烈な風に足をすくわれないためには、貿易多角化と内需拡大を進めるしかない。
トランプ米大統領が打ち出した関税措置について、欧州連合(EU)は報復ではなく痛みを甘受する道を選ばざるを得なかった。恐らくその理由は、ロシアによるウクライナ侵攻が続く欧州の安全保障を確保する上で、米国をつなぎ止めておく必要があるからだろう。
しかし、そうした姿勢は、欧州が米国の中国向け関税の一部を間接的に負担することになる危険性につながる。中国が国内産業の過剰生産能力の対象を米国から欧州に切り替えれば、EU域内の製造業が打撃を受け、デフレリスクも生み出しかねないからだ。
ドイツの最大の貿易相手は、2025年1─8月期に中国が米国に取って代わった。中国としては過去8年にわたって維持してきた地位に返り咲いた形で、ドイツの対米輸出はこの間に前年同期比で7%余り減少。これは関税引き上げが原因だったとみられる。
ドイツの対中国輸出は前年同期比13.5%減とより大きく落ち込んだものの、中国からの輸入は8%強増えた。
ウニ・クレディトは中国のデータを引用し、中国の対米輸出は25年1─9月に25%減った一方、対EU輸出は約10%伸びたと指摘する。
EUは既に中国製の鉄鋼・自動車に独自の関税を導入すると示唆しており、中国製品が実際に欧州市場に大量流入し始めれば緊張が高まりそうだ。
<安全保障懸念>
さらに中国とロシアが緊密な関係にある以上、EUは中国との貿易を積極化するのは難しい。EU自身の安全保障上の懸念、もしくは同盟する米国の懸念があるためだ。
このような懸念は今月、オランダ政府が半導体メーカー、ネクスペリアの経営権を接収したことであらわになった。オランダ政府が不安視したのは、ネクスペリアの重要技術が中国の親会社ウィングテック(聞泰科技)600745.SSに流出している可能性だった。
中国はこれに対抗し、ネクスペリアの最終製品を中国から輸出することを規制。同製品に依存している欧州の自動車メーカーが生産停止につながると警告する事態になっている。
米国との貿易摩擦を巡る立場を強める手段として中国が導入したレアアース(希土類)輸出規制に関しても、欧州にマイナスの影響が及ぶ。
ウニ・クレディトのエコノミスト、アンドレアス・リーズ氏は「欧州の政策担当者にとって微妙なバランスのかじ取りはまだ始まったばかりだ。米国、中国、欧州の現実政治の複雑さは(ネクスペリア問題を通じて)既に全面的に表面化している」と述べた。
リーズ氏は、欧州が中国に対して輸入や投資の障壁を引き上げれば、中国は報復として自国市場へのアクセスを限定し、レアアース供給をさらに制限すると主張。「だからこそ欧州の政策担当者は外科手術的な行動を望み、中途半端な施策は避けるかもしれない」と予想する。
<ルールに基づく貿易推進を>
表面的には、国際的な覇権争いに巻き込まれる中で、欧州の輸出大国が何か対策を講じる余地は乏しく見えるかもしれない。
だが、選択肢の1つに挙げられるのは、EUの内需と技術力の再活性化だ。これこそ昨年、イタリア首相や欧州中央銀行(ECB) 総裁を歴任したマリオ・ドラギ氏がまとめた報告書「欧州の競争力の未来」に盛り込まれた重要な提言だ。
ドイツはその方向へ動き出し、今年第4・四半期から来年にかけて大規模な財政出動を実施する。
一部からは、最善の解決策はEUが米中以外の国・地域との貿易関係をより強固にしていくことだとの意見も聞かれる。
ブリュッセルに拠点を置くシンクタンクのブリューゲルは先月の論文で、EUの付加価値輸出の3割は米中向けだと指摘した。この比率は現在の環境を踏まえれば相当なリスクをはらんでいる。しかし残り70%の付加価値輸出は他の国・地域向けだ。
論文は「EUが既に貿易協定の面で幅広いネットワークを保有し。貿易の74%は米中以外の相手になっている。この関係を深化させ、新たなパートナーシップを構築することを優先課題にするべきだ。安定的でルールに基づく貿易の枠組みを提供すれば、米中とのつながりが薄れるのに伴う損失を相殺するのに役立つ」と結論付けた。
国連のグテレス事務総長は、ルールに基づく貿易システムが軌道を外れる危険に陥っていると警告している。欧州がその軌道を維持するには、米国および中国以外に目を向ける必要があるのではないだろうか。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)