Mike Dolan
[ロンドン 16日 ロイター] - 12日のフランスの格付け引き下げが政治的な議論を呼ぶニュースになった半面、ずっと意外だったのはスペインの格付け引き上げで、こちらはほとんど注目されなかった。より大きな構図としては、ユーロ圏の信用力格差が解消し、長らく続いた中核国と周縁国という二分法が存在しなくなったと言える。
財政支出と借り入れの拡大を計画しているドイツは、最上位格付け「トリプルA」の地位が危うくなる恐れはあるものの、何とかそれを維持するかもしれない。だがユーロ圏各国の格付けの加重平均としては「シングルA」に着地しつつあるように見える。
ドイツがユーロ圏経済のおよそ4分の1を占める点からすると、国内総生産(GDP)を加味したこの格付け平均はやや水増しされている。とはいえ他の主要ユーロ圏各国の格付けが「シングルA」に近づいているのはほぼ間違いない。これは現在のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)が実質的な米国の格付けとして織り込んでいる水準にほぼ等しい
そうした状況は、18年前の世界的な銀行破綻とユーロ債務危機直前の現実とはかけ離れている。当時のユーロ圏はドイツ、フランス、スペインほか5カ国が「トリプルA」格付けを享受していた。これが「シングルA」に移行したのは、世界的な公的信用力の悪化を反映したものだ。
ドイツがずっと堅持してきた財政規律の歯止めとなる「債務ブレーキ」を解除し、防衛費増額を優先しつつある点を踏まえると、ユーロ圏で最後まで残る最上位格付け国がいずれ「シングルA」という新たな重心に向けて沈み始める公算は大きい。そうであるなら「ダブルA」ないしそれ以上の格付け水準で、ユーロ圏が共同で資金を調達できる仕組みは、ユーロ懐疑派にとってさえ魅力が増し始めるのではないだろうか。
<周縁国の改善>
ユーロ圏で今も、大手格付け3社のうち少なくとも1社から最上位格付けを得ているのはドイツ、オランダ、アイルランド、ルクセンブルクの4カ国しかない。
国債市場規模が3兆ユーロ強と域内最大のフランスは、フィッチが12日に格付けを「シングルAプラス」に引き下げた。財政赤字を抑制するのが難しい政治情勢が続く中で、他の大手格付け会社も追随して格下げに動きそうだ。
対照的に約1兆8000億ユーロと域内第4位の国債市場を持つスペインの格付けは、S&Pグローバルによって「シングルAプラス」に引き上げられた。
スペインの年間成長率は3%近くとユーロ圏平均の2倍を超える。その結果、公的債務のGDP比低下につながった。ポルトガルの格付けも、フィッチが最近「シングルA」に引き上げている。
そして域内2番目の国債市場を持つイタリアは、S&Pの格付け「トリプルBプラス」が変わり目にある。
10年以上前、ユーロ危機やギリシャの債務不履行の際に明確だった信用力の大きな格差は、もはやそれほど目立たなくなっている。
<新たな格付け基準>
フランスでは「危機」を絶叫する報道が続き、公的債務のGDP比が114%超に上る国にとって、膨らむ一方の財政赤字削減に取り組む政治的な合意を形成できないのは確かに問題ではある。
しかし同時に、経常収支が均衡し、貯蓄率が20%近辺で、物価上昇率も低い国において「危機」と呼ぶのは行き過ぎにも思える。
エドモン・ド・ロスチャイルド・アセット・マネジメントのマルチ資産責任者を務めるミシェル・ニザール氏は「フランスの問題は主として政治的であって、財政的ではない。フランスは近隣諸国を引きずり込むような破産国家ではない」と言い切った。
これに市場の同意しているもようで、先週の格下げに対する反応は乏しかった。その大きな理由は、CDS市場が既にフランス格付けについて「シングルAプラス」になることを実質的に織り込んでいたからだ。
より重要なのは、フランスのマイナス要素が残りのユーロ圏諸国に関する好材料によって打ち消されつつある点で、CDSは例えばイタリアが「シングルA」に復帰し、スペインは「ダブルA」まで格上げされる可能性があると想定している。
イタリア10年国債利回りのフランス10年国債利回りに対するプレミアムはほぼ消滅し、スペインの借り入れコストはもう1年前後、フランスを下回ったままだ。スペイン国債とイタリア国債のドイツ国債に対するリスクプレミアムはそれぞれ約17年ぶりと16年ぶりの低水準にある。
だからフランスの出来事をどう特徴付けようとも、ユーロ圏の新たな債務危機が生まれているという状況にはない。
欧州中央銀行(ECB) のデータによると、域内の「トリプルA」格付け10年国債に対する全ての10年国債のリスクプレミアムの平均は足元で47ベーシスポイント(bp)と、2022年のピーク時から30bpほど縮小し、10年前と比べても20bp低い。
ユーロ圏のソブリン格付けにとって現在の基準が「シングルA」で、中核国と周縁国の信用力格差が過去の話になったとすれば、よりコストの低い共同資金調達が新たな妥当性を持つのではないだろうか。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)