Mike Dolan
[ロンドン 4日 ロイター] - 現在の金融市場に漂う不安感の根源にあるのは長期国債利回り(長期金利)の高騰で、株式市場に比べて長期国債市場を落ち着かせるのはずっと難しいだろう。
インフレ高止まりと債務増大を巡る懸念の解決策は通常、金融と財政の引き締めだとはいえ、そうした処方箋は経済成長を抑制し、税収減の問題を助長してしまう。
ここで必要なのは巧みな手綱裁きであって、安易な金融緩和ではない。
過去数十年にわたって、株式投資家はいわゆる「中央銀行プット」を話題にしてきた。利下げや流動性供給を通じ、株価の急落を抑制する政策対応のことだ。
そして1990年代のグリーンスパン米連邦準備理事会(FRB) 議長の下で一躍名をはせた「FRBプット」は、宣伝文句通りの効果を発揮。当局者は、過剰な相場変動や企業の不透明感を抑える、あるいは「負の資産効果」が経済全体に打撃を与えかねない、との理由でこの政策を正当化できた。
多くのエコノミストや市場関係者が当時、いざとなれば中銀が対応してくれるとの見方は過大なリスクテークを促進するのではないかと心配し、実際に2007-08年の銀行破綻と世界金融危機に至る流れによってそれは証明された。
だがFRBを筆頭に各中銀はその後10年間、バランスシート拡大と紙幣増刷の形で中央銀行プットを復活させた。このような行動は市場を歪め、コロナ禍を含めた過去10年で米国株を事実上の「リスクフリー」資産にしてしまったばかりか、米国をはじめとする各国政府が借金を膨らすのを容認する結果になった。後者については、中銀が多くの国債を買い入れたからであるのは言うまでもない。
一方、今年に入ってから、とりわけ今週の長期国債の値動きから垣間見えるのは、市場が政府の債務膨張にいよいよ警鐘を鳴らしつつある局面の出現だ。
もしそうであるなら、今こそ国債の価値と政府の支払い能力を維持するために中央銀行プットが発動されるべきなのだろうか。しかし話をそう急いではいけないし、安易な結論を出すべきでもない。
<消えないリスクプレミアム>
債務増大は問題の一端に過ぎない。これだけであれば、政策金利引き下げは債務の持続可能な道筋を確立する上で十分有効かもしれない。
だが本当に懸念しなければならないのは、過去20年の大半の期間と異なり、われわれはFRBが容易に解決できない「危機」に近づいているのではないかという点だ。
米国の物価上昇率はなおFRBの目標を大きく上回っているだけでなく、トランプ政権がFRBを政治的に掌握しようとしている中で、金融政策の対応能力が無効化されつつある。
もし米経済が3%を超える成長ペースを保っているのに、トランプ大統領の要求通りFRBが大幅な利下げに踏み切れば、貸し出される資金があふれ、金融環境はこの何年もの間で最も緩和的になり、国債市場は遠い将来にわたって物価上昇率が2%よりずっと高くなる展開を織り込まざるを得なくなるだろう。
現段階でさえ、市場では向こう10年で平均の物価上昇率が2.5%に達するというのが基本シナリオに見える。最も控えめに言っても、長期インフレ高止まりの可能性が生み出す不確実性によって、米国債市場のリスクプレミアムは上昇する。予見可能な範囲で財政が引き締めに転じる公算は乏しいことも踏まえると、長期国債利回りは利下げにおいて上昇しかねない。
少なくともこの環境では、株式投資家が頼みの綱としてきたFRBプットは、長期国債には効き目がない。
長期国債市場に対する利下げの影響は、おそらく既にかなり明確になっている。金融緩和期待の高まりとともに、米国債の利回り曲線(イールドカーブ)の勾配度合がほぼ10年ぶりのきつさ(スティープ化)になっているからだ。
FRBが今年利下げを見送っている間に欧州の各中銀は何度か金利の引き下げに動いたが、今週になって長期国債利回りが10年ぶりの高水準に跳ね上がるのを食い止めることはできなかった。欧州国債のイールドカーブは現在、米国よりもずっとスティープ化が進んでいる。
米国の政界では、FRBに金融緩和を促しつつ、財務省が膨大な政府債務の構成を見直せば、この難題を解決できるのではないかとの意見が根強くささやかれている。具体的には、政府の資金調達で最も利下げの恩恵を受ける短期債への依存を強め、インフレ懸念で利回りが上昇する恐れがある長期債の保有を減らす手法だ。
こうした「ツイストオペレーション」は、はるかに複雑な新手の政府の「プット」になり得るだろう。ただ、時折発生する市場の混乱を避けるには、慎重かつ順序立てた実行が不可欠になる。
また、それが成功したとしても、投資期間中にインフレが持続可能な形で目標に収まらないのではないかという市場の不安を和らげる上では何の役にも立たない。このような不安がある限り、リスクプレミアムの上昇に伴って長期国債利回りにも押し上げ圧力がかかり続けてもおかしくない。
長期国債市場にとって、こうした「プット」は欠陥だらけのように見受けられる。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)