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COLUMN-外貨比率1割も視野、日本の家計部門に見るインフレ適応の姿=唐鎌大輔氏

ロイターJul 16, 2025 2:26 AM

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

- 日本の政局の不透明感を受けて日本国債の利回り上昇やこれに付随した円売りの加速などが注目されている。これらは「インフレ下の拡張財政路線」がさらにインフレを加速させるのではないかとの懸念が形成した相場である。しかし、インフレの足音を敏感に捉えて動き始めているのは機関投資家や事業法人などの大きなプレーヤーだけではない。日本の家計部門も、デフレ最適からインフレ最適へと保有資産の変容を着実に進めている実情が見て取れる。

<外貨比率10%時代が視野>

日銀が発表した2025年3月末時点の資金循環統計によると、家計の金融資産残高は2194.7兆円と過去最高を記録した前期からは微減となったものの、前年同期ではプラス0.3%と増加している。四半世紀前(2000年3月末)と比較すると、金融資産自体は約794兆円増加している。これを円貨性資産と外貨性資産で分けると、前者が約702.3兆円増、後者が約91.3兆円増と圧倒的に前者でけん引された結果と分かるが、総資産全体に占める構成比で見れば、外貨性資産は0.9%から4.8%へ5倍以上に上昇する一方、円貨性資産は99.06%から95.24%へ約3.8%ポイント低下している。

しかし統計の制約上、外貨性資産には近年多額の販売が行われている外貨建て生命保険などが含まれておらず、それらは保険・年金・定型保証(570.7兆円)に混入している。仮に、保険・年金・定型保証の5%部分が外貨だとすれば、外貨性資産比率は6%、10%部分と仮定すれば7%まで上昇する。そのように考えると、近い将来、「家計金融資産の10%が外貨」というイメージに着地する可能性はあるし、もしくは既にそうなっている可能性もある。例えば保険・年金・定型保証の20%部分が外貨建て商品と仮定すれば、外貨性資産比率は既に10%を超えていることになる。

ちなみに四半世紀において比率の上昇幅が最も大きかった項目は円貨性資産の株式・出資金(プラス2.4%ポイント)で、次に外貨性資産の投資信託(プラス2.3%ポイント)だった。片や、最も下落幅が大きかった項目は円貨性資産の現預金(マイナス2.3%ポイント)で、次に外貨性資産の国債(マイナス2.2%ポイント)である。過去四半世紀で起きたことは「円建ての現預金や国債を手放して、外貨建て投資信託に振り替える」というリバランスであり、それは図らずもデフレ最適からインフレ最適へと資産構成が変わりつつあることも意味していると考えられる。

<投資意欲の減退は一過性か>

しかしこれらはあくまで3月末時点の状況だ。金融市場の様相が変わったのは4月2日以降であるため、詳細は6月末時点の資金循環統計を待つことになる。この点、足元の状況に関しては目を引くニュースも見られている。QUICK資産運用研究所の調査によれば、国内公募の追加型株式投資信託(除くETF)に関し、6月の設定額から解約・償還額を差し引いた資金流入額の推計は4064億円と、前月確報値(8778億円)の半分以下にとどまったという。これは23年12月(3053億円)以来1年半ぶりの低水準であり、新NISA(少額投資非課税制度)開始後で最小、2カ月連続の1兆円割れは新NISA開始後では初となる。大暴落を経験した昨年8月同様、国内外の投資信託や有価証券への投資意欲が果たして継続するのかどうかが再び争点化する状況にある。

とはいえ、国内の経済・金融情勢が明らかにインフレに傾斜する中、これらの資金が再び円の現預金や国債に回帰するだろうか。円金利については上昇傾向にあるため国債へのリバランスは正当化される余地があるとしても、日本のインフレ率が欧米のそれと比較して相対的に高く推移している以上、購買力平価の上では円安が正当化されるのも事実ではある。足元で家計部門の投資意欲が衰えている理由は1つではないだろうが、この期に及んで「日本がまたデフレに戻りそうだから」と考えているわけではあるまい。需給構造の変容を背景とする円売り圧力の強さと国内の雇用・賃金環境の逼迫(ひっぱく)、短期的には関税政策を受けた輸入インフレの存在など、当面の日本経済がインフレ圧力を回避できる公算は小さいだろう。足元の投資意欲の衰えはあくまで不透明感の高まりによるリスク許容度の毀損(きそん)と思われるため、一過性の減速で収まる可能性は高いと考えたい。

<政府目標の達成状況は極めて順調>

ちなみにNISA口座は順当に増え続けており、速報値となる25年3月末時点では2646万9325口座だった。確報値が判明している24年12月末時点(2558万6460口座)から3カ月間で88万口座以上が増えたことになる。政府目標は「27年までに3400万口座」と設定されているが、27年12月末までの2年9カ月(33カ月=11四半期)で今のペースを維持できるならば優に達成できるだろう。ちなみに残高(目標は27年までに56兆円)は確報値の明らかになっている24年12月末時点で52兆6359億8466万円、速報値の25年3月末時点においては買い付け額しか明らかにされておらず、これが6兆6032億7728万円だった。これらを突き合わせれば(約52.6兆円+約6.6兆円=約59.2兆円)となり、残高目標については既に達成されていると考えられる。これは今年3月時点で日本証券業協会のデータと照合して既に分かっていた事実だが、金融庁の公式統計でイメージがつかめるのはこれが初となる。もっとも、政府・与党が公式に達成を宣言するのは25年3月末時点の確報値が発表される段階であり、これは恐らく今年9月まで待つ必要がある(おおむね半年後に確報値が出る)。

口座数に先んじて残高が早いペースで目標達成に至っているのは想定外に投資意欲が強かったということもあろうが、歴史的な円安局面が追い風となり残高が膨らんだためと推測される。

<引き続き若年世代は「貯蓄から逃避」>

2024年12月末時点の確報値を用いて年齢別データもチェックすると、引き続き若年世代における運用意欲の高まりが顕著であることも確認できる。旧NISAがスタートした14年3月末時点で口座数は半分以上が60代以上に集中していたが、24年12月末時点では60代以上で32%程度にとどまっている。

一方、同じ期間で30代および40代を主軸として現役世代のシェアが急伸している。シェアトップはかつての60代から50代へシフトし、もはや30─40代もその50代に肩を並べつつある。資産運用への関心は明確に現役世代の方が強く、これは資産防衛意識の裏返しに違いないのだろう。筆者のような40代半ば以上の世代であれば、「慢性的な円高に悩む日本経済」という経験と記憶の方が圧倒的に長いはずだが、20代や30代は「円安インフレに苦しむ日本経済」という実感を現在進行形で強めている。若年世代ほど円建て資産への諦観が強く、それが米国株を中心とする海外資産への投資意欲につながり、今次円安局面に寄与している部分は否定できないし、これは今後においても影響力を持ち得る話かと思われる。

そうした若年世代を中心とする投資行動の実情は「貯蓄から投資」への進展を示すものであると同時に、「円建て資産のままではまずい」という防衛意識に根差した、「貯蓄から逃避」と表現した方が腑に落ちるものだ。悲しいかな、資産運用関連のデータを年齢別に見ると、今後の日本経済を担う世代ほど、日本に期待をしていないという実情が透けて見えてしまう。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

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