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COLUMN-34年ぶり首位から後退の対外純資産、見るべきは残高ではなく構造=唐鎌大輔氏

ロイターJun 26, 2025 11:18 PM

唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

- ドル/円JPY=EBS相場は145円を挟んで膠着(こうちゃく)状態にある。関税交渉、地政学リスク、日本の国政選挙など基礎的な統計情報からは予見できない説明変数が幅を利かせる局面が続いており、エコノミストとしてはとてもやりづらい時期に入っているように感じる。

<3位までの転落は視野に>

こうした状況では極力、「腐らない議論」として大きな構図を見ておきたい。1カ月ほど前、財務省から2024年末時点の「本邦対外資産負債残高」が公表されている。常に需給要因を円相場分析の中心に据える筆者にとっては極めて重要な統計で、毎年、定点チェックしている。既報の通りだが24年末時点の日本の対外純資産残高は533兆0500億円と6年連続で過去最大を更新したものの、ドイツの569兆6512億円に追い抜かれ、34年ぶりに「世界最大の対外純資産国」のステータスを喪失した。日常的に国際収支統計を中心に対外経済部門の統計に絡めた議論を多く展開していることもあり、この件では例年以上に多くの照会を頂戴した。簡単に所感を示しておきたい。

資産・負債別に見ると、対外資産残高は前年比プラス11.4%の1659兆0022億円、対外負債残高は同プラス10.7%の1125兆9720億円であった。資産の増加幅が相対的に大きく純資産自体は大きく押し上げられているが、ドイツはそれ以上に大きく伸びたという構図である。林芳正官房長官は閣議後記者会見で、日本が2位になったことに関し、日本の対外純資産が着実に増加していることも踏まえ、順位変動から「日本の立ち位置等が大きく変わったと捉えるようなものではない」と述べている。これは全くその通りである。日本が失速してドイツに追い抜かれたという話ではなく、あくまで両者の「伸びの差」ゆえに生じた構図であり、順位自体は些末(さまつ)な話だ。

一義的には経常黒字の累積である対外純資産は、当然、経常黒字の多寡でその残高が規定される。2011年頃を境として日本の経常黒字はドイツに大きく劣後するようになった。対外純資産残高で言えば20年前後から肉薄されるようになっており、文字通り逆転は「時間の問題」だった。なお、同じ理屈で「世界最大の経常黒字国」である中国からも日本は猛追されており、世界第3位の対外純資産国へ順位を落とすこともおおむね既定路線と見受けられる。

<「残高」ではなく「構造」が重要>

繰り返しになるが、順位の変動自体に意味はない。思考の順序としては経常黒字が原因、対外純資産が結果であり、結果の変動に大騒ぎしても本質は見えない。フロー(経常収支)の構造が変われば、その蓄積であるストック(対外純資産)の構造も変わるのは当然だ。日本の対外純資産で争点とすべきは「残高」ではなく、あくまで「構造」である。

11年以降、日本から海外への対外直接投資が増加する中、対外純資産の構造もそれに応じた変化を経験してきた。それまで対外純資産と言えば米国債を筆頭とする対外証券投資が主体であったが、14年頃から両者の構成比率は逆転し、24年末時点で直接投資比率は56.0%と過去最高を更新している。有価証券であればリスク許容度の毀損(きそん)と共に売却し、円貨に戻すといういわゆる「リスクオフの円買い」が想定されるものの、企業が経営判断の末に買収した海外企業を安易に売却することは考えにくいはずである。

近年の円安傾向や最近の長期金利急騰を踏まえ、今回の2位を「転落」と形容したがる報道や解説は自然と出やすいが、500兆円を優に上回る対外純資産「残高」と円安や債券安(金利上昇)を直接結びつけるのは難しい。しかし、直接投資比率が60%に肉薄する「構造」は円が国内回帰する経路が細っていることを意味してそうであり、円安とは無関係ではない。問題は「残高」ではなく「構造」である。

<順位以上にドイツや中国と差はある>

ちなみに「34年ぶりの逆転」というヘッドラインは耳目を引くが、俯瞰してみればドイツ(570兆円)、日本(533兆円)、中国(516兆円)の対外純資産はほぼ互角だ。しかし、その源泉となった経常黒字の中身は全く異なる。中国もドイツ(ひいてはユーロ圏)も経常黒字はあくまで貿易黒字に駆動された結果である。かたや、日本は貿易赤字を包含する経常黒字大国だ。ではその分、何で黒字を稼いでいるのか。これは対外直接投資を積み上げた結果である第一次所得収支の黒字で稼いでいるわけだが、それに含まれる再投資収益はもちろん、証券投資収益(債券利子や株式配当金など)も円買いに繋がる保証はない。この点は過去の本コラムでも、戻らぬ経常黒字問題として議論した。

結局対外純資産「残高」がいくらであろうと、その順位が世界何位であろうと、それが自国通貨への安心材料となるためにはアウトライト(自国通貨の買い切り)取引が期待される貿易黒字が必要である。その意味で日本は順位以上にドイツや中国と差があると考えた方が良い。

<投資機会の乏しさの象徴>

断っておくが、対外純資産であれ、対外純債務であれ、その善悪を論じるのは筋違いだ。経常収支が異時点間の最適な資源配分の結果だとすれば、黒字も赤字も善悪はないし、その累積である対外純資産も対外純負債も同様である。しかし強いて言えば、対外純資産が大きいことは国内の投資機会が乏しかったことの裏返しであり、海外にそれを求めてきたことの結果と考えられる。速いペースで少子高齢化が進む日本において、対外純資産「残高」が伸びてきたことは必ずしも良いことではない。

結局、毎年のように過去最高を更新する対外純資産が意味するのは「日本に期待収益率の高い投資機会が乏しかった」という歴史的な事実である。過去には機関投資家や外貨準備を通じた海外への証券投資が支配的であったが、11年以降は企業による直接投資まで勢いを得るようになった。結果として日本企業の海外内部留保残高は積み上がるばかりだ。

このような企業動向を反映して世界最大と言われる対外純資産の「残高」は増勢を保っているが、それは企業部門を中心として「戻らぬ円」の割合が増えていることの裏返しでもある。近年認知されてきたように、経常収支については「統計上でこそ黒字だが、キャッシュフローでは断続的な赤字」というのが日本の対外経済部門の台所事情であり、これが円安長期化の底流だと筆者は考える。その意味で円安もまた、日本経済が抱える問題の「原因」ではなく「結果」と表現するのが妥当である。

もちろん、対外純資産国の方が対外純債務国よりも救いはある。しかし、それは対外資産に関し、還流させるだけの妙案か勝算があって初めて言えることだ。対外資産が半永久的に回帰しないことを前提にしてしまえば、キャッシュフロー(CF)ベースでは純債務国に近いような通貨売りに直面する場面が出てきても不思議ではない。いまだに「構造的な円安を疑った方が良い」という言説に対し、「成熟した債権国としての地位が保たれており、構造的円安論は行き過ぎ」という反論はある。しかし110円付近から始まった円安は一時160円を突破し、断続的な日銀利上げを挟んでも140円台だ。構造的な議論を避けられるような状況とは言えまい。符号上は「成熟した債権国」でも、その実態(厳密には異なるがCF)が「債権取り崩し国」に近いからこそ円安は長引いているのではないだろうか。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

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