Ron Bousso
[ロンドン 29日 ロイター] - トランプ米大統領はこのほど、対ロシア制裁の発動期限を突如として前倒しし、ロシアの原油輸出についてこれまでで最も厳しい制裁の早急導入をちらつかせた。市場はこれまでのところトランプ氏の「脅し」を本気とは受け取っていない。しかし制裁の規模は大きく、投資家はこの重大なテールリスクを織り込み始める必要があるかもしれない。
28日にスコットランドでスターマー英首相と並んで会見したトランプ氏は、ロシアが10-12日以内にウクライナとの停戦に合意しなければ追加制裁を科すと表明。14日に示した50日以内の猶予期間を大幅に短縮した。
追加制裁はロシアからの輸入品に100%の関税をかけ、ロシア産原油などを購入する第三国に「二次制裁」を科すもので、ロシア産原油の最大の顧客はインドと中国だ。
国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアの原油輸出は日量468万バレルで、これは世界需要の約4.5%に相当する。石油製品も日量250万バレルを輸出しており、米国の追加制裁が発動されれば世界の石油供給は混乱に陥るだろう。
トランプ氏が今回の「脅し」を本当に実行するかどうかは誰にも分からない。
ロシアに対する二次関税が導入されれば原油価格が急騰し、米国でインフレ圧力が高まる恐れがあり、たとえトランプ氏がロシアのプーチン大統領に「失望」していたとしても、このリスクを回避する動機になるかもしれない。
実際、この数カ月間にトランプ氏が「脅し」を後退させて耳目を集めた例が散見される。例えば、4月2日に発表された「報復関税」は市場の圧力を受けるとすぐにトーンダウンさせた。
しかし一方でトランプ氏が「脅し」を現実に実行した例もあり、最も注目を集めたのが6月22日のイラン核施設への爆撃だ。ロシアへの二次制裁については、最初に発表された際には投資家の反応が限定的だったが、28日には原油価格が約3%上昇した。
このようにトランプ氏の対ロシア政策は二転三転することから、一部の投資家は関連リスクを完全に無視するのが難しくなっているのかもしれない。
<鈍器のような手段>
次の疑問は「比較的実績の少ない、鈍器のような金融兵器」である二次関税が効果的かどうかという点だが、答えはおそらく「イエス」だ。
ロシアの主要顧客の1つであるインドは6月のロシア産原油の輸入が日量150万バレルで、海上輸送分では最大の輸入国となった。しかしインドは現在、米国との間で緊迫した貿易協議を進めており、政府は対米関係の悪化を望んでいない。そのため、間違いなくより高価になる、別のエネルギー源へとシフトし、ロシアを見限る公算が大きい。
一方、中国は6月にパイプラインと海上輸送を通じてロシア産原油を日量約200万バレル輸入した。既にいくつもの米関税に直面し、ロシアとの関係を戦略的と見なしていることから、購買パターンを変える可能性は低い。
だが、たとえ中国がロシア産原油の購入を続けても、インドがロシア産の購入を停止すればロシアの財政は打撃を受ける。中国がロシア産を買い叩く可能性が高いためだ。
<報復措置>
原油の今の需給状況を踏まえると、米国の対ロシア追加制裁が世界の原油市場に与える影響の大きさは測るのが難しい。
IEAによると今年の世界の原油需要は日量70万バレル増と、2009年以来最も低い伸びにとどまると予想されている。半面、供給量は日量210万バレル増えて同1億0510万バレルに達する見通しだ。
供給増の主因は、サウジアラビアが主導するOPECプラスによる増産。OPECプラスは4月に日量220万バレルの減産措置を段階的に解除し、アラブ首長国連邦(UAE)の生産枠も30万バレル引き上げた。
こうした措置によってOPECプラス諸国の余剰生産能力は低下しているが、それでも6月時点でサウジは90日以内に稼働可能な余剰能力を日量230万バレル保有し、UAEとクウェートもそれぞれ同90万バレル、同60万バレルの余剰能力を持っている。
つまり中東湾岸の主要産油国3カ国は供給の急変に対応する柔軟性をある程度持っている。
しかし、こうした実情を踏まえても、トランプ氏が対ロシア二次制裁を実行すれば市場の動揺を抑えるのは難しい。その理由の1つがロシアによる報復措置を巡る不確実性だ。
ロシアは近年、石油・天然ガスの輸出税収が連邦予算の30-50%を占め、最大の収入源となっている。
したがってプーチン大統領は自国の収入を妨げるような西側の制裁に対して、かなり強く反応するだろう。
実際、ロシア政府は先週、新たな対ロシア制裁の導入を受けて黒海の主要港で外国籍タンカーへの原油積み込みを一時的に停止する措置を取った。
世界供給の2%強を占めるノボシビルスク港からの出荷は翌日再開されたが、これはロシアが必要なら簡単に同様の措置を講じることができるという警告だろう。
今回のトランプ氏の「脅し」が実行されない可能性もあるが、それでもなお原油市場にとって時限爆弾の導火線が短くなったことは間違いなく、無視できないリスクになりそうだ
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)