Hudson Lockett
[香港 17日 ロイター BREAKINGVIEWS] - さもありなんと思える展開だ。
孫正義氏率いるソフトバンクグループ9984.T傘下の決済関連会社PayPay(ペイペイ)が、米市場での新規株式公開(IPO)を目指している。日本が「現金至上主義」からの脱却を図る上での最前線に立つ企業だ。
新規上場が実現すれば、日本企業による米市場での株式公開案件として最大級となる可能性がある。ロイターは8月に関係者の話として、ソフトバンクが早ければ2025年第4・四半期にもペイペイを上場させるべく投資銀行を選定し、調達額は20億ドルを超える可能性があると報じた。ただペイペイはQRコード決済以外のデジタル金融事業に難があり、これがつまずきの元になりかねない。
強気のシナリオは明快そのものだ。モーニングスターのアナリストによると、ペイペイは日本のQRコード決済市場におけるシェアが約70%に上っている。政府推計によると、QRコード決済は昨年の市場規模が13兆5000億円(910億ドル)。国内の非現金決済に占める割合は約10%と、18年のほぼゼロから急成長した。現金利用の割合は24年の約60%からさらに縮小する余地が大きい。
ペイペイは23年度に黒字に転換。登録ユーザー数は7000万人に達し、日本では人口の約半数が同社のアプリを利用しているという。
同業の米ペイパルPYPL.Oの株価は、昨年のEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の9.8倍で取引されている。この基準を適用すると、ペイペイは24年度連結EBITDA(572億円)に基づく企業価値は38億ドルとなる。これはインドの同業Paytm(ペイティーエム)PAYT.NSが昨年12月に締結したストックオプション取引から導き出される評価額の約70億ドル大きく下回る。さらに、ブルームバーグが関係者の話として報じたソフトバンクの目標である約100億ドルの半分にも満たない。ただし、後者には負債が含まれていない可能性がある。
ペイペイの急成長ぶりと市場支配力は追い風になるかもしれない。だが、それすら誇張されている恐れがある。
今年6月末時点の月間アクティブアカウント数は3800万件にとどまり、登録ユーザーの多くが既にペイペイのアプリから離れたことが読み取れる。一方、日本政府は30年までにキャッシュレス決済比率を80%まで引き上げることを目標に掲げているが、過去10年間にデジタル決済の大部分をけん引してきたのはクレジットカードとデビットカードであり、両者は依然として非現金決済の86%を占めている。
こうした状況を踏まえれば、さらなる成長に向けた一手が必要になりそうだ。そしてこれこそ、ペイペイが22年からPayPayカード、PayPay証券、PayPay銀行など関連事業を子会社化する事業再編に着手した背景かもしれない。アナリストは決済取扱高の増加とPayPayカードやPayPay銀行の事業拡大に伴ってペイペイの利益率はさらに改善し、こうしたフィンテック事業の利用者を決済アプリへと呼び戻す「好循環のループ」が生まれると見込んでいる。
ただ、ペイペイは25年第1・四半期の手元キャッシュ残高が11兆4000億円で、キャッシュ保有がペイペイの5倍超に上る楽天銀行5838.Tなど既存の強力なライバルとの戦いを強いられている。証券事業も、野村証券8604.Tや三菱UFJフィナンシャル・グループ8306.Tといった大手に比べて規模が小さい。
もっとも、これらの事業にシナジー効果が生まれる余地はある。だが、もしソフトバンクの最終目標が日本の消費者に「ワンストップ型スーパー・フィンテックアプリ」を提供することにあるのなら、投資家にはまだその具体的な計画は示されていない。
●背景となるニュース
*ソフトバンクグループ傘下の決済関連会社PayPay(ペイペイ)は8月14日、米国での株式上場に関する書類を米証券取引委員会(SEC)に非公開で提出した。nL4N3U70F6
*ブルームバーグが8月15日に消息筋の話として報じたところによると、ペイペイは100億ドル以上の評価額を目指している。また、ロイターが8月10日にペイペイの上場計画を知る関係者の話として伝えたところによると、ペイペイの調達額は20億ドル超に達する可能性があり、上場は早ければ2025年第4・四半期になる見通し。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)