Danilo Masoni
[ミラノ 23日 ロイター] - 医薬品などヘルスケアセクターは株価が世界的に数十年来で最も割安な水準にある。同分野に投資するファンドへの資金流入は増えつつあるが、株価はなお低迷しており、トランプ米大統領が打ち出した薬価引き下げ策を巡る不透明感が浮き彫りになっている。
製薬会社は主要な米市場で「最恵国待遇薬価」ルールの復活や医薬品輸入に対する最大200%の関税導入の可能性などを巡る懸念から、業績見通しが不透明になっている。新型コロナウイルスのパンデミック期間には株式に投資資金が流入したが、近年は投資家が大型ハイテク株に軸足を移し、医薬品株は割安であるにもかかわらず人気がない。
LSEGデータストリームのデータによると、MSCIワールドヘルスケア指数.MIWO0HC00PUS構成銘柄の予想利益に基づく株価収益率(PER)は15.9倍と2009年以来16年ぶりの低水準で、長期平均を11%、MSCI世界株価.MIWO00000PUSを20%それぞれ下回っている。
JPモルガン・アセット・マネジメント(ニューヨーク)のグローバル市場ストラテジスト、ステファニー・アリアガ氏はヘルスケア株について「われわれは慎重な楽観主義から慎重な悲観主義へと見方を変えた」と説明。その上で「同セクターのバリュエーションがさらに低下したのには理由がある」として、米政策を巡るリスクの高まりを指摘した。
一方で高齢化社会、RNAを基盤とした治療法、減量や糖尿病治療薬における革新など、長期的なプラスの要因に目を向け始めている投資家もいる。
<ハルマゲドンシナリオ>
スイスの資産運用会社LFG+ZESTのアルベルト・コンカ最高投資責任者(CIO)は最近、製薬、バイオテクノロジー、医療機器分野への投資を拡大している。強力なキャッシュフロー利回りや、米国の利下げが金利に敏感なこうしたセクターを追い風になると考えたためだ。
「これらの銘柄は健全な成長性とディフェンシブ特性を備えた高品質な企業でありながら、まるで『ハルマゲドンシナリオ』に突入するかのような価格で取引されている。しかし私はそのようなことが起きる可能性は低いと見ている」と述べた。
英国拠点のM&Gインベストメンツも、最新の資産配分報告からヘルスケア関連株を選別的に買い増していることが分かる。
ファンド調査会社EPFRのデータによると、ヘルスケアファンドは2024年以降、資金の純流入が続き、22年終盤から23年にかけての純流出から資金動向が大きく逆転した。ただし、今年は年初来の流入額が72億ドルと前年比で41%減っている。
技術革新の加速、開発パイプラインの成熟、M&A(企業の合併・買収)の兆候も見られるが、それでも株価は動いていない。
こうした状況が「買いのチャンス」なのか、それとも「バリュートラップ(割安に見えるが実際にはそうでない銘柄)」なのかは、米政府政策を巡る不透明感がどのように、そしていつ解消されるか次第だと、投資家たちは指摘している。
<きっかけが必要>
これまでヘルスケア株.SPXHCは、そのディフェンシブな特性と安定した利益から、世界的な株価に対して控えめながらもプレミアムの乗った水準で取引されてきた。しかし米政府の政治的圧力と投資家によるビッグテック株偏重を受けてこうした構図は崩れてしまった。
過去3年間に米S&Pヘルスケア株指数はS&P総合500種指数.SPXに対して60ポイント余りもアンダーパフォームし、米金融市場で最も成績が悪いセクターとなっている。23年にS&P総合500種と同等だったバリュエーションは一段と低下し、今では過去最大級の27%のディスカウントだ。
ボストンのフィデリティ・インベストメンツでヘルスケアセクターの責任者兼ポートフォリオマネージャー、エディ・ユン氏は「市場は不確実性を嫌う。その結果がバリュエーションに表れている。割安というのは買いの理由にはならない。何かしらのきっかけが必要だ」と述べた。
今のところ、そうしたきっかけはまだ見えていないが、ユン氏は年末までには霧がある程度晴れ、それが業界全体のM&Aを後押しする可能性があると予想。小規模で革新的な企業が黒字化し始めていることに注目し、米バイオ企業のアルナイラムALNY.Oや医療機器のペナンブラPEN.Nといった銘柄を保有している。
LFG+ZESTのコンカ氏も、米国では医薬品のアボットABT.NやアッヴィABBV.N、医療機器のエドワーズライフサイエンスEW.N、欧州ではサノフィSASY.PAやレコルダティRECI.MIなどを選好。利下げは重要なきっかけになる可能性があるとの見立てだ。
<危機を脱したか>
欧州のヘルスケアセクター株.SXDPは米製薬株よりもさらに割安で、予想利益に基づくPERが14.3倍にとどまっている。ノボノルディスクNOVOb.COの株価は、肥満治療薬分野での競争激化への懸念や、米関税を受けた生産の米国移転といった要因もあって過去1年で55%下落し、バリュエーション全体を押し下げている。
フランスのCICマーケット・ソリューションズのヘルスケアアナリスト、アルノー・カダール氏は「ヘルスケアセクターは(こうした状況に)適応するだろう」と楽観論を唱えつつ、こうした動きは収益の再構成や組織の変革という代償を伴うと付け加えた。
JPモルガンのアリアガ氏は「ヘルスケアセクターは多くの痛みに耐えてきた。その痛みが完全に終わったとは言えないが、極端な資金流出を考慮すれば、最悪期はおそらく過ぎたのではないか」と期待をにじませた。